教育は暴力であるとの大前提と物語の影響力

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今朝玄関の前でタバコを吸っていたら、バキュームカーが家の前を通り過ぎていった。その時ふと昔学校で国語の授業で読んだ物語を思い出した。

その物語の内容は女の子が早起きして、清々しい気持で学校に登校したらバキュームカーが作業していて、せっかく早起きしたのに気分が台無し!と思う。
だけど、女の子は後で、「人目につかないよう早い時間に作業していた」ことに気づき、嫌な気分になったことを反省するという話。

そう言う国語だったか、道徳だったかの教科書の内容をふと思い出した。

もうその物語を読んだのは15年以上前なんだけど、記憶の中に残っているのだな。とちょっと感心したのと同時に、東浩紀さんが言っていた「教育とは否応なく暴力である」という言葉を実感した瞬間でもあった。

教育とは否応なく暴力である

「教育とは否応なく暴力である。」まっさらな子供には大人の言うことはその善悪にかかわらず「正しい」と強要される。僕が昔に読んだ、きっと道徳をといたであろう物語は、その時は何も思わなかったかもしれないけど、10年20年後も僕の中で生き続けているのである。

これは、良い話である一方で、善悪判断能力の備わっていない子供に対して、価値観を一方的に押し付ける暴力でもある。
「親が生きているだけで子供に影響を与え続ける」ように、大人は常に子供に暴力的な影響を与え続けている。
先日ある方に、「子供が万引きをしてしまう」という話を聞いた。
その原因は実は親にあったという話で、親が普段から勤務先から何か商品を持ち帰ってきていたのだという。それを見た子供は、会社(お店)から物を持ってくるのは悪いことではないと判断したとのことだそうだ。

まっさらな子供に書き込むというのはそういうことである。
また、子供が学校で教わることというのは、正しい正しくないを別にして、まっさらな子供に書き込んでいく行為なのだということを忘れてはいけない。

大人は誰も暴力的に子供に価値観を書き込んでいる

もちろんまっさらな子供に価値観を書き込んでいるのは、学校や親だけではない。
人の親でなくとも、子供の目に配流範囲にいる大人の一挙手一投足が、子供たちに暴力的な影響を与え続けているとも言える。
子供だけじゃない。周りの大人にだって影響を与えている。社会や、文化だって、ひとりひとりの一挙手一投足が作るのだと思う。

震災の時、海外からは日本人の規律正しさや自制心が賞賛された。それを生み出したのも日本人ひとりひとりの行動である。
そしてそう言う「日本人らしさ」を作り出しているのはその場にいる私たち個人の一挙手一投足である。
それは、日本人が小さなころから暴力的に刷り込まれてきた善悪の基準や道徳といった価値観によってなされたはずである。

あの震災時の人々の対応も、あれを見た子供たちに暴力的な影響を与えているはずである。
それが未来の社会を作っていくのだと思う。

物語の影響力

さて、話を最初に戻すと僕が昔の道徳か国語の教科書の内容をふと思い出したのは、あれが「物語」だったと言う影響が強いように思う。
人間は基本的には経験則で学ぶことが最も多いと思う。
そして、物語とは誰かの経験の疑似体験だと言える。
そういう意味では、物語の影響力というのは計り知れないと感じずにはいられない。

では、日本人としての価値観を形成する物語は存在するのだろうか?
キリスト圏や、イスラム圏などでは教義が、人の価値観を作る大きな根本になっている。
それは神話という物語の形で共有されている。と思う。

一方、日本では共有する物語が思いつかない。
子供の頃に聞く桃太郎や、浦島太郎などの昔話がこれに当たるのだろうか?

前にある人が「神話の滅びた国は滅びる」みたいなことを言っていたことがある。
日本ではかつて建国の神話があったけれど、僕らの世代は日本の神話というのは知らない人の方が多いと思う。
そういう面では日本人としての価値観を暴力的に構築してく物語というものが日本には不足しているのかもしれない。

日本に共通言語となる物語は存在するのか?

建国神話的な日本人共通の物語が存在しない一方で、日本人は世界的に見ても物語の消費がすさまじく多い民族でもある。
漫画・アニメといったサブカルチャーと言われるものがこれに当てはまるが、歌舞伎や能といった伝統芸術から始まり、小説、ドラマ、映画、演劇、ミュージカルなど、日本人は恐ろしいほど物語を消費している。

僕の世代にとって、共通している物語といえば、「ドラゴンボール」「スラムダンク」などの漫画・アニメ作品がある。
さらに幼少期を思い返せば、「となりのトトロ」「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」なども強い影響力を持っている。
今でいえば「ワンピース」のような国民的物語まで存在する。

僕は物語の評論家ではないのでよくわからないのだが、日本人は、きっとこの多数の物語の中に共通する価値観やメッセージ性を持たせているのではないかと思う。

少年ジャンプのテーマは「友情・努力・勝利」である様に。
水戸黄門の定番性のように。
日本人的物語の中に潜むテーマというものを探ってみると、日本人が大切にすべき価値観というのが浮かび上がってくるのかもしれないと期待する一方で、最近の中身のない物語の流通量が増加していることに懸念を覚えるのである。

物語を作る側も、否応なく暴力を振るっているということを認識しなければいけない。

ライター 唐澤 頼充

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