所論

シェアハウスは5人以上住んでいたほうがコミュニケーションが活発になる法則

私はかれこれ1年半くらい新潟の一軒家シェアハウスに住んでいる。
最初に入居した時は私一人でどうしたもんかと寂しい生活を送っていたが、3ヶ月後くらいから人が入るようになった。

敷金礼金無し。水道光熱費インターネット代込で3万円半ば。家電とか揃えなくても大丈夫ということで、「アパート借りるよりは」って人や、「アパートを借りる前にお試しで」と言った感じで、1年半でこれまで10名くらいの住人が入れ替わり立ち代り住んでいった。

そんな私の住んでいるシェアハウスに先週末位から、新しい住人が入った。
これで、現在の住人は5名。あと一部屋で満室である。

ところで、入居者のキャラクターもあるのだろうけれど、4人の時って住人同士があまり絡まなくなっていたりしたんだけれど、5人になると不思議とコミュニケーション頻度が増えた。というか生活時間がバラバラの大人たちが住んでいるため4人くらいだとあまり会う頻度が多くない。しかし今回5人目が久しぶりに入って、住人とのエンカウント率が上がったのだ。

振り返ってみると、以前にも5人、6人になったことはあった。やっぱりそれくらいの方が何か会話も広がりがあるような気がする。4人くらいだと会話もテンプレになりがち。
特に、うちのシェアハウスは特に入居時に住人との面談や顔合わせもなく、いきなり入居当日に顔を合わせる。もともと仲良かった人や嗜好が近い人同士が住むのではなく、完全に赤の他人と生活をスタートさせることになる。だから、とても気が合うというわけではなく、どちらかと言うとお互いプライベートでは遊んだりしないクラスメイトのような存在だ。そんな関係性なので、やっぱり会話は少し演技的になる。

しかし、5人目が入ると予定調和の会話ではなく、思わぬツッコミや視点が入り幅のある会話になった気がする。

言われてみれば、バスケは5人だしバレーは6人だし、「チーム」というのはそれくらいの人数がいいのかもしれない。

個人的にちょっとした発見だった。例えは仕事のチームなどにも応用できるかもと思ったり。

唐澤頼充

縄文人はマンモスを滅ぼした

マンモスは縄文人によって絶滅されたという。
経済、近代に入ってから「自然が滅ぼされた」と言う人がいるがそれは違う。人間は太古から自然を守ってなどいなかったのである。

手付かずの自然というのは、屋久島や白神山地の原生林のようなもので、それ以外の自然は全て人の手が入っている。いわゆる人工的に作られた自然だ。

それは河川も同じで、関西の淀川も関東の利根川も、中世の頃から人間に都合が良いように人工的に川の流れを変えて作ったものである。

人間の暮らしはいつの時代も自然との戦いだ。
自然そのままでは安全性の面でも人間が生活しやすい環境ではなかい。
そういう意味では、人が自然に手を加えているのは今も昔も同じである。

中世の頃は「自然と調和していた」と言われるが果たしてそうだろうか。
日本では江戸時代などは安定した時代と言われるが、それは人間に都合が良い効率化した部分と、自然維持がたまたま良いバランスで保たれていただけではないだろうか。

一方、ヨーロッパは中世の時点でバランスが崩れてしまい木材燃料が枯渇していた。暗黒時代に象徴される時代がそれであろうし、大航海時代は枯渇した資源を求めて外に出て行った面もあるだろう。

日本はその時代の人口規模や気候だから、たまたま自然との調和がとれていた程度にすぎない。

江戸時代は、生活に余裕があったから自然と共生できていたのかというと、そんなことはない。江戸時代の享保大飢饉の時には100万人以上が餓死したという。決して余裕があったわけではなく、ギリギリのところで効率化を測り、自然と戦っていたのだ。たまたまその時の技術力では、今ほどの自然への影響が出にくかっただけではないだろうか。

江戸時代の自然と人間とのバランスを「技術≒自然」と考えると、近代になって技術革新が進み、「技術>自然」となった。それにより、負の面として自然が著しく破壊された。
一方で飢饉や、3.11震災で食料が生産できなくても餓死者が出ないくらい、危機への備えができるようになった。

昨冬の豪雪の時にも、最小限の被害に抑えることができた。
近代化によって成し遂げられた、公衆衛生の改善や危機への備えを忘れてはいけない。

環境問題や自然保護を考える上で、縄文人がマンモスを滅ぼしたことも忘れてはいけない。
私達は前近代に戻るだけでは何も解決していない。近代化のその先にこそ、新しい自然との調和の道を見つけられるのだと考えている。

唐澤頼充

伝統や地域文化を「守る」のではなく「新しく作る」

4/27、『角海浜物語』×『阿賀に生きる』いろり座談会&上映会、というイベントに参加しに、西蒲区の岩室と福井に行ってきた。
当日の朝は、「まきどき村」という農作業をしてから朝ごはんを食べるという素敵なイベントがあり、それにも参加したため、朝の4時半起き。夜型人間にとっては非常にハードだったが、久しぶりに農村文化に触れることができ、とても豊かな日曜日を過ごすことができた。
10時から開催された映画「阿賀に生きる」の上映会。そして14時からのいろり座談会。さらには17時からの懇親会にも参加させていただいた。それぞれに、かつてあった農村文化の豊かさ、失われていく文化の現実を様々な角度から考えさせられる会だった。
この会のテーマについては、公式ホームページに意図が記載されているので参照して欲しい。
さて、古き良き文化、生活が失われていく。これはとても悲しいことでもあり、勿体ないことでもある。私は大前提として「農村文化」や「地域の伝統」というものは、残していきたいと思っている人間だ。ただ、その方法論として、「前近代に帰る」、「自然に戻る」と言った論調にはあまり賛同できない部分がある。
「地域文化を守ること」と「経済成長」は、対義語のように扱われる事が多くあるが、両立をさせることができるのではないか。会の間、そんなことをずっと考えていた。

座談会の中で、福井集落に住む斎藤文夫さんのお話の中で、福井集落の河川工事の話があった。ホタル舞う川を残すため、通常の河川工事ではなく、自然を残した形の整備をするため、行政や議員などに掛け合い、大変な苦労の末、成し遂げたという話だ。
実際に朝、畑作業をした後で、整備された川を散歩したが、なるほど自然豊かな川が人工的に作られており、地域の景観そして生物の多様性を守っているのだなぁと思った。
ただ、もう一方で「ものすごいお金がかかっているな」とも感じた。事実、座談会の中で斎藤さんもウン億円の工事費がかかったというような話もしていた。通常の河川工事よりも莫大な費用がかかっているということだ。
これは、自然をただそのままに残した、昔に帰ったという話ではなく、「経済成長」という基板があってこそ「自然を守ることができた」のだということだと思う。
経済成長があったからこそ、自然保護ができた。裏を返せば、自然を守るためには経済成長が不可欠だったとも言い換えられるのではないだろうか。
会場となった、福井旧庄屋佐藤家は茅葺屋根の素晴らしい日本家屋だ。
この建築も、実は一度家主が壊そうと決断したことがあったそうだ。それを、斎藤さんらが中心となり保存しようという話になったのだという。
かつて個人のものだった福井旧庄屋佐藤家は、今はボランティアやら補助金、またはこの日のようなイベント会場としてなど、多くの人によって維持管理されている。そして、かつては「住居」であった福井旧庄屋佐藤家は、今は「人が集まる場」としてその役割を変えている。
尊い農村文化、地域の伝統、自然豊かな土地。これらは絶対に残していくべきものだと私は考えている。
その方法として「今のまま残す」や「自然に帰る」ではなく、近代化や経済成長の上に「新しく作る」ことが大切だと思う。福井旧庄屋佐藤家のように役割を変えるのだ。
地域資源を使い、新しい価値感を提案する時代へ。近代化をさらに推し進める。近代化のさらなる先に地域文化の保全や自然との調和を実現することができるのではないだろうか。
文化を新しく作る。これからはそういう時代だと思うとワクワクしてくる。
唐澤頼充

「環境に優しい生活をしよう」と言っている人たちが嫌い。

タイトルの通りだが、私は自然とか、環境とか、そういうものを大切にしよう!人間は自然に帰るべきだ!という人たちの言うことが全然ピンとこない。

先に私の経歴を述べておくことにする。

私は大学は農学部を出ている。農学部に進んだ理由は、いろいろとあるのだが、端的にいうと「環境にやさしい農業を模索したかった」からだ。
4年間大学に在籍してさまざまな経験をしたし、農業の現場や書物、実験室、実際に集落に入るなどして色々と勉強をしてきたつもりだ。たかが4年。されど4年。

その中から一つの結論を言わせてもらえば「農業は人間の最初の環境破壊だ」ということ。

田畑を見て欲しい。そこには単一作物だけが生息している。単一作物しか存在しない空間というのは、自然界の中では明らかに異常だ。生物多様性を無視しているのだから。

「自然豊かな農村」はあくまでも人間の食料生産基地として都合が良いように作り替えられた人工物だ。あくまでも人間にとって「良い環境」なのであって、自然そのものではない。そういうことをしっかりと理解する必要がある。

人間は、ただ生きていくために食料を生産するだけで、自然環境を破壊しているのだ。

人間が生活をする以上、生きていく以上、自然を自然のままにしておくことはできないのだ。人間が手を加えた段階で、環境には何かしら影響が出る。自然にやさしい生活など幻想だと思わないのだろうか。

彼らの言う「環境」や「自然」とは、あくまでも「人間にとって都合の良い環境」であり、「人間にとって都合の良い自然」だ。それはそもそも人工物なのである。その人工物を受け入れるのであれば、近代化を受け入れないのはダブルスタンダードになるのではないか。

完全に自然の中で生きていくとなると、人間は「狩猟採集生活」をするしかない。そんなものは今の時代の人には無理な訳で、中途半端に自給自足的生活をして「自然とともに生きる」と道化のようなことをしている。

私は、自給自足生活についても正直、嫌悪感がある。なぜ、かつての自給自足生活から、今の近代化をしたのか。それは、「より多くの人を生かすため」ではないか。より多くの人が、食料の心配なく暮らせるようにするためには近代化が必要だったのだ。それを、「自給自足に戻ろう」、「自然に帰ろう」と言っている人たちは、言ってしまえば「自分だけ良ければそれでいい」という人なんだと考えられる。多くの人に死ねと言っているのと同じなのだ。

環境破壊である農業と、都市のビルの何が違うのか?私は、どちらも人工物という意味では同じだと思う。断っておくが、私は農村の風景や、土地は好きだ。農作業も好きだし、里山など素晴らしいと思う。
しかし、都市も農村もどちらも人工物だとも思っている。
同じ人工物なのだから、農作物は植物工場などで作ってもらったもので全然かまわないし、むしろそうするべきだとも思っている。

都市も、かつての里山も、その時代時代で「人間に都合の良い環境」を作り上げたものだ。私はそれを肯定しているだけである。そう。自然破壊はぜんぜんOK!していいよ!という立場だ。電気サイコー!だって便利だもん。という立場なのだ。

一方、人工物反対!自然は自然のままで残そう!と言っている人たちは、生きているだけで自己矛盾が生じる。だって、生きているだけで自然を破壊しているのだから。生きないことが、自然に手を加えない唯一の方法だ。だから、エコとか環境保護とか言っている人たちは、矛盾に満ちていて嫌いなのだ。

エコをインターネットで発信?ダブルスタンダードもいいところでしょうよ。
彼らの守ろうとしている環境は、結局は人間に都合の良い環境なのだから、それは原発といった人工物だったりと根本的には変わらないのである。

唐澤頼充

場所に差別化要因はないと思う

どこか住んでいる土地とは別の土地に遊びに行った時、「なんて素晴らしいところなのだろう」と感動することが多くある。むしろつまらないことしかなかった土地の方が珍しく、大体はどこでも物珍しく興味を惹かれるところがある。
地方に住んでいると、地方の魅力を語る人はたくさんいる。それは間違っていないし、土地の魅力というのはあるのだろう。しかし、「この土地が最高だ」、「日本一だ」という主張には賛同しかねる。
「この地域だけが特別!」というPRを見ると、薄っぺらく感じてしまう。
世界中には数えきれないほどの人が住む土地がある。そして、その土地はそれぞれに歴史があって、文化があって。それは絶対に優劣をつけられない。
どこが一番なんてことはないのだ。
私は、大学入学以来ずっと新潟県新潟市に住んでいる。もう10年になる。
「新潟が大好きなんだね?」と聞かれると、「嫌いじゃないけど別に一番じゃないよ」と言いたくなってしまう。
私が新潟に住んでいるのは、ほとんど偶然で、たまたまセンター試験の結果が新潟大学しかA判定が出なかったので受験し入学してきた。就職の時には、たまたま彼女が新潟にいて、たまたま興味ある企業に新潟で採用してもらったから。フリーになる時も、やっぱり彼女が新潟にいて、仕事をくれる人も新潟にいたから。
それで、たまたま新潟に住んでいるから、せっかく住んでいる場所をもっと楽しくしたいと思い、いろいろな仕事や活動をしている。そこには「新潟だから」というのはあまりなく、今住んでいるからという理由しかない。
新潟で縁があったから、住んでいる場所を楽しくして、自分が楽しみたいから地域活動もしている。
私は土地にこだわりはあんまりなくて、どこだって住めば都だと思っている。真剣に比較検討すれば新潟ほど冬が厳しくない広島とか住んでみたいなぁとかも考える。
じゃあなんで広島に行かないか?と考えてみる。なんでだろうか。第一に知り合いが居ない。仕事もない。特に移住せざるをえない理由もない。新潟でつくったつながりや仕事等を捨てることになる。そんなところだろうか。
このように、どこに住むかってあんまり大事ではなくて、それよりも誰と住むか、誰がいるかの方が大切な気がする。それをコミュニティと言ってもいい。土地の魅力で新潟に残るのではなくつながりが多いから残る。そんなイメージだ。
場所に差別化要因はなく、誰とつながっているかが大切。
そうなると、地方で移住者を集めたりしている人たちは、土地の魅力以外の魅力を語らなければいけないなぁと思う。
さらに言うと、これって結構仕事とも似ている。私は今はライター業を中心に食べているけれど、何でお金を稼ぐのか手段は正直どうでも良い部分もある。それよりも、誰とやるか、のほうがモチベーションが続いたりする。自分が発注者になる時も、相手のスキルより、この人に任せてみたいかと思うかどうかのほうが気になったりする。
夢や自分のやりたいことをやる、という選択肢もいいしスキルも大事だけれど、私は一緒にやりたい人とだったら業務内容や現在のスキルは何だっていいかな、とも思う。
人生なんて全部たまたま。たまたま出会った人や、たまたま頼まれた仕事、それを縁とよぶ。たまたまにしっかり応えて、つながりを積み重ねていこう。
唐澤頼充
 

SFの役割は何か?

私はSF作品が好きだ。SFマニアの人たちに語れるほど作品を読んでいるわけではないので、オタクと自称するのははばかられるが、SFが好きだ。

機動戦士ガンダムから始まり、フィリップ・K・ディックに没頭。マトリックスなどの映画作品や、小説家カード・ヴォネガットJr、アイザック・アシモフ、アーサー・C・クラーク、攻殻機動隊などアニメ・マンガ作品など、思えばいろいろなSF作品を消費してきた。
SF、つまりはサイエンス・フィクションには、今とは違った世界設定を作り上げ、そこにある諸問題等が描かれている。科学が進歩したときにどのような世界になるのか?どのような社会問題があるのか?人はどのような感情で動くのか?SF作家が魂を削って作り上げた作品は、未来の話だからこそ「人間」が生々しく描かれているように思う。


さて、いつからかSF作品の大作や大ヒットというものを聞かなくなってしまったように思う。GRAPEVINEというバンドの「冥王星」という歌でもそんな一説がある。

SFはもう、流行しないの? ナンセンスなんて不条理だろ

1985年生まれの私が小さな頃。物心がつくか、つかないかのギリギリ。幼児向け雑誌には頻繁に「未来の世界」が描かれていた。未来都市。空飛ぶ車。チューブの中を走る電車。銀色のへんてこな服を着た未来人たち。今思えばおかしかったけれど、あそこには夢があったように思う。
最近、そんな未来予想をあまり目にしなくなった気がする。パソコン、スマートフォン、グーグルグラス。あの頃から考えると想像もできないような未来のガジェットが生まれ、未来に生きている僕らは、さらにその先の未来を想像しているだろうか?
オイルショックから始まる資源問題。資源が枯渇し科学の発展はありえないのではないかという危機感。次世代エネルギーを夢見て運用された原子力にもチェルノブイリ、スリーマイルそして福島第一原発で暗い影が。そんな科学の閉塞感が、SF作家にも影響したのだろうか。楽しい夢を描けなくなってしまったのだろうか。
こんな時代だからこそ。いや、かつて描かれていた未来に片足を突っ込んでいる今だからこそ、さらに一歩を踏み出すための光を、SFが照らして欲しいというのが私の願いだ。
SF作品というのは、どういうわけかディストピアを描く作品が多い。フランケンシュタイン・コンプレックス。科学は神を怒らせ人間に滅びがやってくる。人間が生んだ科学の結晶であるコンピューターに人間が滅ぼされてしまう。そんな暗い作品も多い。ロボットの手下、大企業の奴隷、スラム化する町、核戦争の後。
社会が豊かだった頃はそういった悲劇を消費して楽しむ土壌があったと思う。しかし、それは消費であって、自分ごとではない他人の不幸を見て楽しむための娯楽にすぎない。そうではなく、未来に希望を持つような、科学が作り出すユートピアを描く作品があまりに少ない気がしている。
かつてガンダムに憧れロボット研究者が増えたと言う。そもそもロボットが2本足で歩き、それに乗り込むというのは日本ならではの文化だそうだ。だが、日本で育った研究者達は2足歩行で搭乗できるロボットを夢見て研究しているそうだ。
そんな希望を抱かせるような作品がもっともっと出てきて欲しい。アイザック・アシモフの作品にはそんな愉快さがあった。今、ユートピアを描く作家はいるのだろうか?私が知らないだけかもしれないが、もっともっと雄弁に美しく、まぶしい、華やかなユートピアを描いて欲しいと思う。


3.11、フクイチ。ウクライナ。世界的な経済の停滞。暗い世の中のときこそ、明るいSFが花咲いて欲しい。

SFの役割はきっと未来に光を照らすことだと思うから。
唐澤頼充

エヴァ展の衝撃。ビジネスマンはもっと真剣にディテールまで考えなきゃいけない

先日、新潟市中央区万代に用事があったので、空き時間にエヴァンゲリオン展を見てきた。私は元々アニメ作品が好きなのと、エヴァもそれなりに好きで、せっかく新潟に来たのだからとずっと思っていた。
結論から言うと、エヴァ展は本当に感動した。展示と言ってもオタッキーな展示物や萌え萌えの演出があるわけでない。ただ単に、エヴァンゲリオンのアニメができるまでの製作過程を原画やら絵コンテやらで紹介しているというだけのものだ。


企画書から始まり、脚本や設定資料、原画、セル画。といったアニメ製作現場では当たり前かもしれないものが展示してある。しかし、出来上がったアニメーションしか見たことのない私にとってはどれも新鮮だった。
細かい設定からはじめ、アニメーションの作りこみの細かいこと細かいこと!ここまでしっかりと手間を掛けて、途方もないほどの作業の果てにアニメ作品はできているだと感慨深くなった。クリエーターとはここまでディテールにこだわり作りこんでいるのだと。
特に庵野秀明さんが書いたと言うエフェクト。爆発で起こる煙や、吹き飛ばされる町などの細かい書き込みにため息が出た。映像にしてしまえばほんの一瞬。いや、気付かない人の方が多いかもしれないほどディテールまで作りこんでいる。
ここまで作りこんで初めて、大ヒットを飛ばせる作品ができるのか。作りこんできてもヒットできない作品もある。なんて厳しく、孤独で、忍耐の必要な仕事なのだろうか。
一方で、振替って自分の仕事はどうか?ここまで詳細に設定をしているだろうか?
ライティングや地方メディア作りをしている私は、正直「地方の設定」をもっとよく考えないといけないと痛感した。その地域の歴史、人、風土全てをひっくるめてしっかりとストーリーをつくらなくてはいけない。それはメディアの役割だし、まちづくりの第一歩だとも思う。
私以外のビジネスパーソンもそうだ。企業が、町の商店が、農家が、職人が、何か情報発信するときに、エヴァほどストーリーの背景となる設定を決め手からやっているだろうか?そこまで物語をつくりこんでから、理解してから情報を発信しているだろうか?うすっぺらの言葉だけを投げかけてないだろうか?
私を含めもっとディテールをよく考えなくてはいけない。
エヴァでは、世界観、舞台、登場人物、メカ、使途などそれぞれにしっかりと意味を込めている。ディテールまでしっかりと設定している。ぼくらのまちづくりや情報発信はどうか?しっかりと歴史や文化のうえに立って地方の生活や魅力を語っているだろうか。そこまで情熱はあるだろうか。
感情マーケティングや共感マーケティング、ストーリーマーケティングと言う言葉が氾濫しているが、本質はどこにあるのか。エヴァという作品を作ったガイアックスほど、自分の伝えたいものを真剣に考えただろうか。
私は、ライターとして、編集者として、メディアメーカーとして。もっともとお細部を考え尽くし、設定をし、そうしてから文章を書いたり情報発信をしていかなくてはならない。

新潟という物語をどう表現していくかはエヴァのように設定にどこまで情熱を注ぐかにかかっている気がした。
唐澤頼充