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「レイヤー化する世界」佐々木俊尚著を読みました

ジャーナリストの佐々木俊尚さんが執筆した「レイヤー化する世界」を読み終わった。
世界のシステムが変わりつつあるということを説いた本だが、本当に楽しい内容だった。本書はこれまで、世界のシステムがどのように変わってきたか、そしてこれからどうなるかを丁寧に書いている。
中東や中国が世界の中心であり、ヨーロッパは世界の辺境であったという話から、産業革命、第二次産業革命、そして情報革命のその先を予想する流れになっているが、何よりスケールが大きい。モンゴル帝国やペルシア帝国などが出てくることなどぞくぞくしてしまう。ビジネス書や情報化社会を説いた本はどちらかというと現代との違いに触れる程度の内容が多い中、人類の大きな歴史の流れを取り扱う内容のものは少ないのではないだろうか?
本書がいうこれからの社会は、国やグローバル企業というものを超え、Facebookやアップル、amazonなどをはじめとした超世界企業が「場」を作り、その場の上で個人個人が生きていくと言うもの。これまでの国や会社といったウチとソトを作り出してきた概念がなくなっていくことを繰り返し伝えている。過去の世界のシステムが多く語られるのは、自分の実感のなかった社会システムを繰り返しイメージさせることで、これからの社会システムが今までとまったく違うものになるというイメージを持ちやすくするような訓練のためだったと思う。
私は大学生後半から社会人になってしばらくビジネス書ばかりを読んでいた時期があった。しかし、そこで気付いたのは「ビジネス書=経営学で語られていることは、現在の社会システムの中で最適化するための方策だ」ということ。しかし、ネットの登場や世界経済の行き詰まりによって、現行の社会システムがいつまで存続するか分からない、そんな直感を持ったときにビジネス書から離れるようになった。
その後読み始めたのは経済学や社会学系の本。つまり本書のように社会の変化そのものを扱った本だ。そして、その後はそもそも社会を構成する人間とはなんぞやと哲学書等に興味が出てきている。そんな私にとって、本書は未来の社会を考えるにおいて非常に示唆に富んだものとなった。そして歴史の大切さを改めて知るきっかけともなった。

最近は新しい働き方についての話が各所でされている。ワークシフトやナリワイ、ノマドワーキングといったものだ。これらが次々と語られる中で、個人的に不足していたと思うのが、本書にあるような「これから社会システムがどう変わっていくか」という大前提ではないか。個別具体例ではなく、社会を、そして世界を大枠で見たときの視点が欠けているように感じていた。その点を補ってくれるのが本書だと思う。
もちろん本書に書かれていることが将来100%そっくりそのまま起こるわけではない。しかし、歴史の流れをつかみ、その延長線上に未来の姿を予想するというプロセスはとてもよい思考実験になると思う。今年読んだ本の中でもかなりお勧めに部類される良書なので、ぜひ多くの方に読んでいただきたい。


ライター 唐澤頼充

ネットの力で地域を動かす @新潟ソーシャルメディアクラブ#14

1130日(土)に新潟ソーシャルメディアクラブの第14回イベントが開催された。通称NSMCは、新潟のソーシャルメディアユーザーが集う人気のコミュニティ。今回はジャーナリストの津田大介さん、ブロガーのコグレマサトさんという全国的にも有名なゲストを招待。
そこに地元新潟で活躍する、新潟美少女図鑑を発行する㈱テクスファームから加藤雅一さん、農家向け圃場管理システム「アグリノート」を開発・運営するウォーターセル㈱から中川幸哉さん、食に関わる企画やイベントで有名なフードユニット「DAIDOCO」から山倉あゆみさんを加え、“ソーシャルメディアと地域”についてディスカッションが行なわれた。会場の新潟国際情報大学新潟中央キャンパスには50名を越える参加者。この集客力がNSMCのすごいところ。
イベントの構成は下記の通り。
第一部「ソーシャルメディアの今、新潟の今」
講演:津田大介(ジャーナリスト、新潟日報特別編集委員)
第二部 パネルディスカッション 「伝わるメディアの作り方」
パネリスト:加藤雅一(テクスファーム)、コグレマサト(「[N]ネタフル」ブロガー)
モデレータ:一戸信哉(NSMC、敬和学園大学、新潟日報ソーシャル編集委員)
コメント:津田大介(ジャーナリスト、新潟日報特別編集委員)
第三部「新潟の『切り口』」
パネリスト:中川幸哉(ウォーターセル、アグリノート)、山倉あゆみ(DAIDOCO
モデレータ:一戸信哉(NSMC、敬和学園大学、新潟日報ソーシャル編集委員)
コメント:津田大介(ジャーナリスト、新潟日報特別編集委員)

第一部は、twitterの活用を機に一気に有名になったジャーナリストの津田大介さんの講演。「ソーシャルメディアとは?」にはじまり、ソーシャルメディアが社会にどのような影響を与えているか、具体的な事例を交えながら分かりやすく解説してくれた。津田さんのお話は、WEB動画等でたくさん見ているが、いつも分かりやすく、具体例が多くイメージがわきやすいのが特徴。さらにちょくちょく毒を吐いたりネタを突っ込んできたりと笑いも。この話の上手さはいつも惚れ惚れしてしまう。
特に印象に残ったのは、既存メディアとネットの影響力の差。テレビは視聴率1%で100万人が見ていることになる。一方ブログの1日のアクセス数のギネス記録は23万人。実はこれ、タレントの上地雄輔さんのブログとのこと。
これだけ見ると、テレビの影響力とネットの影響力の差は大きいように感じる。しかし、最近は “ネットで話題になったこと”がテレビに取り上げられる数が増えてきたそう。ネットの力でテレビを動かすことができる可能性が増してきたことは地方のソーシャルメディアユーザーにとっては心強かった。
実際に、官邸前デモやネット選挙解禁、福島観光地化計画などにおいて、どのような流れでネットが使われ、マスメディアの話題となり、ムーブメントとなっていったか工程を分解して説明してもらったのは貴重だった。多メディア時代の今、単独メディアで勝負してもムーブメントはできない。多くのメディアで話題になることが必要だということが良く分かった。

flickr/yutacarさんより

第二部は「伝わるメディアの作り方」と題して、前述のコグレマサトさんと加藤雅一さんが壇上に上がり、一戸さんがモデレータ、コメンテーターとして津田さんを加えてパネルディスカッションが行なわれた。ネタフルというブログメディアと、美少女図鑑という紙メディアの立ち上げから市場に拡がっていった様子がエピソードを交えながら話された。ウェブと紙と言うメディアの違い、全国のネットユーザーか地元の女の子かというターゲットの違いなどで、それぞれ違う戦略をとってきたことなどとても参考になった。
第三部は「新潟の『切り口』」として、メディア事業ではなく、実際にビジネスを行なっている中川さんと山倉さん。引き続き一戸さん、津田さんとでのパネルディスカッション。実際にどのようにビジネスを設計していったのか、ビジネスの切り口がありありと見えた。メディア活用というテーマからは若干逸れた感はあったものの、2人の事業の“周りを巻き込む”ことの上手さは、ソーシャルメディア活用に通じていたのではないだろうか。
flickr/yutacarさんより

イベント全体を通じて、個人的にはまだまだ新潟はソーシャルメディアを使いきれていないと感じた。確かにソーシャルで盛り上がったことが地元新聞や、テレビに取り上げられることは増えてきた。しかし、全国や世界にはまだまだ広がっていない。もっと大きなムーブメントを起こすためには、県外のソーシャルユーザーをもっともっと取り込んでいくことが大切。私ももっと視野を広げて工夫して取り組んで生きたいと思う。

ところで、NSMCの参加者はお酒好きな人も多く、懇親会がとても盛り上がる。今回は、一次会で「みやこわすれ」さん、二次会は「63(ロックサン)」で大いに酒を飲み交流を深めた。会の名前の通りソーシャルやネットが好きな人が多いので話題は弾むし、その後のつながりも生まれやすい。いろいろなバックボーンの方がNSMCというキーワードの元集い、別業種の視点でいろいろと話を聞くことができる。このようなコミュニティはとても大切だと思う。
NSMCのすごいと思うところに「毎回、新しい層が参加してくる」ことがある。地方のコミュニティ活動は、回を重ねるごとにどうしても同じ人が集まってしまい、飽きが来て、いつのまにか活動自体がなくなってしまうということが多い。
NSMCは人の入れ代わりがあって、活気がずっと保たれていますね」
と、飲み会の席で一戸先生に聞いたところ
「そのために、ちゃんと工夫しているんだよ」
と回答をいただいた。その秘訣を聞けなかったのが残念だった。良いコミュニティの運営方法を今度はしっかりと聞いてみたい。
flickr/yutacarさんより


ライター 唐澤頼充

クラウドファンディングは地方を救うか? @新潟インタビュー雑誌「LIFE-mag.」が60万円の資金調達に成功

少し前の話になるが、新潟インタビュー雑誌「LIFE-mag.」を発行する小林弘樹さんが、クラウドファンディングで60万円を越える資金調達に成功した。新潟という土地でも数十万円の資金調達がネットで可能なのかと驚きを覚えた。

そもそもクラウドファンディングとは、インターネット上で不特定多数の人から資金提供を受けるという仕組みのこと。ソーシャルファンディングとも呼ばれ、国内では「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」http://camp-fire.jp/や「READYFOR?(レディーフォー)」https://readyfor.jp/といったサービスが大手として挙げられる。これまでの資金調達は金融機関やファンドなど、特定の相手からまるごと融資を受けていたのに対し、クラウドファンディングは不特定多数から小額の寄付を集める点が特徴だ。数十万円程度集めるプロジェクトが多いようだが、日本でも「歴史的な19世紀のレンズを現代のアナログ&デジタルカメラ用レンズとして蘇らせる」というプロジェクトでは1,000万円を越える資金調達に成功している。
LIFE-mag.」は上記大手のサービスではなく「FAAVO(ファーボ)」と言うサービスを利用した。「FAAVO」は地域応援クラウドファンディングと称し、新潟をはじめ宮崎や埼玉、熊本などそれぞれの地域にフォーカスした作りになっている。特定の地域で行なわれる“地域を盛り上げるプロジェクト”に対して、地元民や全国の同郷の人たちが支援するといったスタイルが特徴。ただし、後発のサービスであるからか資金調達力は大手と比べると劣るのが現状だ。
LIFE-mag.」は自費出版雑誌で、編集人の小林弘樹さんが一人で取材・編集・デザイン・広告営業・書店営業を行なっている全国でも稀な雑誌。(http://www.life-mag.com/index.html)これまでは新潟県内の人へのインタビューで雑誌作りを行なってきた。今回クラウドファンディングに取り組んだのは、新潟を出て、秋田、山形、新潟、富山、石川の5地域にインタビュー対象を広げて取り組むチャレンジ。ちなみに、クラウドファンディングは、募集時に目標金額と期限を決め、期限内に目標金額に到達しなければ1円も支援金が支払われない仕組みとなっている。募集終了日の時点で20万円ほど目標金額を下回っていたが、脅威の末脚でプロジェクト成立。最終的には62名から総額622,000円の支援を集めた。
目標金額を達成するまでの状況は、小林さんの必死の広報はもちろんのこと、小林さんの活動に賛同する多くの人たちが情報をシェアし、支援を呼びかけた。多くの人を巻き込んで、皆で支援を集める。もちろん、小林さんの努力や魅力が一番の核となっているのだが、それを周辺で支えるファンも一緒になって汗をかいた素晴らしい資金調達の姿だったように感じた。

小林さんと何度かお話をしている中で、「クラウドファンディングは宣伝のひとつ。発売前にいろいろな人に知ってもらえる機会になる」と話されていた。しかし、60万円の資金調達となると広告宣伝以上に資金繰りを助けてくれる材料になったのではないだろうか。雑誌で売上を上げていこうとなると、取材はもちろん、デザインや印刷費を事前に支払うことになる。その後、雑誌が売れて書店から集金をしてはじめて現金が手元に入ってくる。資金繰りという面では、なかなかに苦しい商売だ。数十万円の現金が先に得られると言うのは運営面では大きなメリットとなっただろう。小林さんとlife-mag.にはこれまで積み重ねた知名度や実績があるが、新潟と言う地方で数十万の資金調達に成功したと言う事例は、これから地方で何かをしたい人にとっては勇気付けられる結果になったと思う。
一方で、今回のLife-Mag.と小林さんの挑戦では個人的に少し残念に思うことがあった。それは、支援者の大半が新潟県内の方だった(と思われる)ことだ。FAAVOの仕組みに、“こんな所から支援が集まっています”と日本地図に支援者の所在地をマッピングするものがある。そちらを確認すると新潟県と神奈川県しかマッピングされていないことがわかる。FAVVOというサービスの狙いである「全国の同郷の人」にはリーチがかからなかったということだ。
もちろん、その地域だけで個人が数十万円を集められると証明されたことは本当に素晴らしいことだと思う。地方で面白いことをしたい個人が、活動しやすくなると言う面では地方を救うひとつとなるだろう。しかし、東京を始めとした全国からお金を集めることができれば、これは大きなツールとなる。
今回、全国から支援が集まらなかった(と思われる)のは、小林さんの問題と言うよりは、FAVVOというプラットフォームの問題だと思う。FAVVOの認知度や届くリーチが限られていたのだろう。個人的には、次回はぜひ大手の「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」もしくは「READYFOR?(レディーフォー)」でのクラウドファンディングにチャレンジしてもらいたい。東京の人や全国の人に、地方のプロジェクトは面白がってもらえるのか?支援してもらえるのか?はたまた自分の生活圏以外のことはウケないのか?がわかる有意義な実験になると思う。
もし東京の人に地方プロジェクトが面白がってもらえ、資金が集まるのならば、クラウドファンディングは本当に地方を救うツールになるのかもしれない。今後も地方とクラウドファンディングの動向についてはウォッチしていきたい。

LIFE-mag.編集室前で小林さんと

ライター 唐澤頼充

個人活動の積み重ねが地域の魅力を作る @サケ×アテグランプリ2013新潟大学日本酒サークル「雪見酒」が王者に

先日ラジオのニュースを聞いていたら、新潟大学の学生サークルが、「サケ・アテ・グランプリ2013」でグランプリを受賞したというニュースが流れてきた。調べてみると、渋谷ヒカリエで開催されていた「食の絆サミット2013」というイベントの中で行なわれていた催事のひとつだったようだ。





食の絆サミット2013:http://www.shoku-no-kizuna.jp/
「食の絆サミット2013」は、農林水産省が主催した、郷土料理や伝統野菜、和食器といた日本食の魅力を見て・知って・楽しむイベント。11151617日の3日間開催された。「サケ×アテグランプリ2013」のほか郷土料理や、伝統野菜の紹介、食材を購入できるマルシェ、「料理マスターズシンポジウム」などステージイベントなど食にまつわるさまざまな催しが行なわれたようだ。
今回新潟大学のサークルがグランプリを受賞した「サケ×アテグランプリ2013」は、全国から選抜された地域の大学生がプレゼンテーションする“日本酒”と“肴”を味わうイベント。地域文化に根ざした日本酒と、その土地で作られたつまみの組み合わせを競った。



新潟大学が提案したのは南魚沼市の青木酒造がつくる「鶴齢純米」と、村上市の越後村上うおやがつくる「鮭の酒びたし」の組み合わせ。酒(サケ)と鮭を(サケ)をかけた組み合わせが当グランプリの初代王者に輝いた。グランプリにエントリーしていたのは、北海道の室蘭工業大学、山形大学、東京情報大学、名城大学、関西大学、鳥取大学、熊本県立大学。新潟大学を加え8校。公式ホームページでは“選抜された”との文言があるが、参加大学が少なすぎる印象を受けた。とは言え優勝は優勝。素直に喜びたい。
実際にグランプリを戦ったサークルの名前は新潟大学日本酒サークル「雪見酒」。新潟の日本酒の情報発信とのため、飲んだ日本酒の感想をホームページに掲載して発信する活動をしているそう。私が在学中(04-08年)にはあったサークルなのだろうか?記憶にはないが、きっとマイナーなサークルなのだろうと思ったら、20123月にサークル結成したそう。雪見酒のホームページでは、入会申込書に「一般の方」というものがあり、新潟大学の学生でなくても入会できる面白い形態のようだ。県内外の日本酒好きの方は入会を検討してみてはいかがだろう?
 雪見酒ホームページ:http://yukimizake.com/index.html
私はニュースを聞くまで、「食の絆サミット」のことも「サケ×アテグランプリ」に新潟がエントリーしていたこともまったく知らなかった。もちろん雪見酒という名前のサークルがあることも知らなかった。世の中では、大半の人が知らない間にイベントが開催されていたり、賞ができていたりする。
無名のイベントに、無名の個人や団体が参加している。そんな、無名のイベントがいくつも開催され、無名の個人や団体が活動をつづけ、いつの間にか世の中の流行をつくっていくのだと思う。世間と言う大きなものは、その細部を見れば統一感のない有象無象の集合体なのだ。
「食の絆サミット」という一般人には無名のイベントの、さらに一つの催事で新潟が優勝した。そこには、無名の新潟大学日本酒サークル「雪見酒」が世間に知られることなく活動を積み重ねた結果、出場につなげ、グランプリを受賞した。この成果の影響力は小さいかもしれない。しかし、このような活動と結果の積み重ねが、きっと新潟の酒処としての魅力につながっていくのだと思う。地域づくり、まちづくりというのは、行政や中間支援組織の仕事ではなく、こうした個人活動の積み重ねによって行っていくものではないだろうか。
「新潟は情報発信がヘタ」は嘘だと思う(http://karasawayorimitsu.com/post-0-50/)というエントリーでも書いたが、地域の魅力は個人活動の積み重ねの総量によって決まってくるというのが私の持論だ。「アキハバラ」がオタクの聖地となった理由は、決してプロモーションの成果や、行政の戦略、企業の戦略などではなく、単にアキハバラという土地でオタク活動を行なう個人が圧倒的に多かったからだ。
今回の全国優勝はまさに個人活動がひとつの成果を出した事例だと思う。このような活動をする個人が酒だけではなく、さまざまな分野でたくさん活動を続ければ地域の魅力は間違いなく高まっていくと思う。私たちの個人活動は地域づくりにつながっている。そう自信を持って好き勝手に活動を続ける個人がたくさんいて、そして長く活動を続けて欲しいと思うし、私もそんな個人であり続けたい。

ライター 唐澤 頼充

「勤労感謝の日」が当然だと思っていた自分が怖い

1123日(土)は祝日「勤労感謝の日」だ。今年は土曜日と重なってしまい、休日にはならなかった。残念に思うが、そもそも仕事が詰まっていて休めそうになかった・・・。

日本の祝日と言うと、春分の日などの季節の節目。建国記念日やこどもの日など、過去の日本文化に残る行事などがあてられている。そのなかで、「勤労感謝の日」というのは何やらものすごく浮いている。「勤労」と言うと、賃金をもらって働くことという意味を持つが、そもそも勤労と言う概念自体が産業革命以降のものだと思う。

そう思い調べてみると勤労感謝の日は、「勤労を尊び、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう日」として1948年に法律で定められたものだそうだ。これは、戦後のGHQ占領政策化の下に制定された新しい祝日である。
では、勤労感謝の日が制定される以前はどうなっていたのか?
戦前の1123日は、日本では「新嘗祭」(にいなめさい/しんじょうさい)と呼ばれる農作物の収穫に感謝する日であった。新嘗祭は飛鳥時代に始まった歴史ある国家の重要行事。瑞穂の国日本で、天皇が国民を代表し、神々に農作物の恵みに感謝する日が新嘗祭である。しかし、太古から続く新嘗祭は、GHQによって天皇行事・国事行為から切り離されることとなってしまった。
日本は稲作によって生まれた国であり、稲作をすることで国を育ててきた。豊作を祈る祭祀の王が天皇であり、稲作の中心である天皇が祭りによって国を治め、つくってきたのだ。その集大成である収穫を祈る「新嘗祭」が国民の祝日から外されてしまったのが今の日本である。
私は、「勤労感謝の日」について疑問を持ったのは今年が初めてだった。小さな頃は、単純に休みがうれしかったし、先生や両親からは「毎日がんばって働いている大人に感謝する日だよ」と教わってきた。働くこと、勤めることに疑問一つ持たず「そういうものなんだな」と受け入れていた。誰にも「新嘗祭」のことを教わることはなかった。
初めて「新嘗祭」を知り、自分の住む国の成り立ちに対する理解への“断絶”を感じた。
これはとても恐ろしいことだと思う。
勤労という概念だけ抜き出しても、新嘗祭では勤労は自然から恵みを得る行為だ。しかし勤労感謝の日というと、勤労の結果、企業から報酬を得るといったイメージだ。同じ1123日の祝日と言え、名前が変わったことでそこに蓄積された意味は大きく失われてしまうのだ。
私を含む多くの現代人は、あまりにも歴史に興味がないように思う。歴史とは年号や起こった事実ではなく、行為ひとつひとつに含まれる意味や想いのことだ。祝日ひとつとっても、日本が数千年の歴史の中ではぐくんできた先人の思いや、それを行なう意味を多く含んでいる。それに気づかず、現代の価値観だけでただ漫然と日々を過ごすことはどこか寂しいし、発展性がないと思う。「温故知新」という言葉がある。古いものを知るからこそ、新しい価値観を作り出すことができる。
今、世の中は西洋型の価値観や社会システムが上手く働かない閉塞感ただよう社会になっている。西洋思想に染まってしまった我々日本人には過去の思想との“断絶”を感じずにはいられない。その断絶を乗り越え、古きよき日本の在り方を学び、新しい思想を作り上げていくことが、これから求められてくるのではないかと思う。
そういう意味で「勤労感謝の日」といった、現代的価値観だけで生まれた祝日や、その他世の中の仕組みについて私たちは当然だと思うのではなく、疑問を向けることが大切だ。与えられたもの、今あるものを当たり前だと思うのではなく、その意味や歴史を深く考える。そんな行為をこれから大切にしていきたいと思う。
ライター 唐澤 頼充

新潟にソーシャルアパートメントができるみたい

世の中では、“シェアハウス”が少し前から一種のブームとなっている。新潟でもいくつかシェアハウスが出てきて、シェアハウス文化は徐々に広まっているようだ。そんな中、新潟のフリーペーパー“CUT IN”にソーシャルアパートメントの情報が出ていて驚いた。

ソーシャルアパートメントとは、通常のマンションのように個別の部屋に住みつつ、共有スペースで住人同士が交流するという居住スタイルのこと。共有スペースがシェアハウスに比べて豪華で、場所によってはビリヤード場やバーカウンターがあったりする。個室にはトイレやシャワーはなくワンルームの場合が多く、賃料も自分でマンションを借りるのとあまり変わらない。また、シェアハウスと比べて部屋数が多いため大人数が居住している。
東京を中心に、若者の居住スタイルの選択肢のひとつとなっているシェアアパートメントだが、ついに新潟にもできるようだ。その名も「メンバーシップ」。

運営するのはグランディ株式会社。(http://www.palace-court.com/
WEBサイトを見ると新潟市で新築一戸建て・分譲住宅等の売買を中心とした不動産を取り扱う企業とのこと。
シンパシーシップは、“同じ志を持った仲間が集まる”ことをコンセプトとしている。目指すのは“21世紀版のトキワ荘”というのだからワクワクしてしまう。トキワ荘といえば漫画家の手塚治虫をはじめとした有名な漫画家が同居していたアパートの名称。マンガ界に留まらずクリエーターにとっては伝説のアパートともなっている。
そんなシンパシーシップができるのは新潟市内の「東掘」と「木戸」の2ヶ所。木戸のシンパシーシップは既に入居希望者が集まってきているようだ。一室は狭いが最低35,000円~住むことができ、キッチン、風呂、トイレ、洗濯機はおそらく共用。共有スペースの居間も広そうだ。木戸にはシアタールームがあるようで非常に魅力的だ。荷物はあまり多く置けそうもないが、学生や新潟に実家があり大きな荷物はそちらに置いてもらえる人にとっては選択肢の一つとして成立しそうである。
それぞれ2014年2月・3月に完成予定とのこと。



ちなみに、私の住むシェアハウスは最大6名の一戸建ての家である。10人以上が同居するソーシャルアパートメントとは住み心地が大きく異なると思うのであまり参考になりにくいと思うが、他人と一緒に住むというのは思った以上にストレスがかかるものではない。若いうちに他人と住んでみるというのはいい人生経験になると思う。東京のソーシャルアパートメントに住んだ人のブログや感想もWEBには多く見られるので、入居を検討される方は参考にしてみてはいかがだろうか。
ライター 唐澤頼充

チームに競争がなければ衰退するという教訓 @サッカー日本代表に学ぶ

  
サッカー日本代表が現地時間19日、アウェーでFIFAランク5位と勢いがあるベルギーと試合を行い、3対2で勝利した。その前のオランダ戦は2対2で引き分けと、11月の欧州遠征は1勝1分けの成績。最近調子の上がらなかった日本代表にとっては復調が見える結果だったと各所で盛り上がっている。
これまでと大きく変わったことと言えば、キャプテンの長谷部選手がインタビューで答えていたように「チーム内のポジション争い」が激化したことだと思う。

2010年に日本代表に就任して以来、ザッケローニ監督はメンバーを固定して指揮。アジア杯で優勝するなど成果を上げてきた。しかし、W杯最終予選あたりからチームの調子が上がらず低迷し始め、今年6月のコンフェデ杯から10月の欧州遠征では結果も内容も伴わず深刻な不振に陥っていた。
そして、W杯まであと半年程度に迫ったこの時期に、メンバーを入れ替えチーム内に競争を発生させた。11月の欧州遠征の時点では、チーム内競争がチームを蘇らせる結果につながったと評価できる。
チームというのは不思議なもので、ピークを過ぎると嘘のように力を失っていく。ザックジャパンも一時期は「歴代最高の代表チーム」と呼ばれた時期があり、私もそう思っていた。その最強メンバーが、「さぁ、俺たちで世界を驚かせよう」とモチベーションを高めていったが、皮肉なことに2011-12でそのピークは過ぎてしまったようだ。今年6月のコンフェデ杯は、日本の最強メンバーが世界とどこまで戦えるか、ファンはもちろん、きっと選手たちが一番団結し、気合を入れて挑んだ大会だったと思う。しかし、ピークを過ぎた最強チームは最悪の結果で帰国することになった。

「チームは生き物だ」と言われるが、その一生は人間よりもはるかに短い。特にスポーツでは当てはまり、同じメンバーで最高のパフォーマンスができる“旬”は一瞬だ。そのためバルサやマドリーといったビッククラブが前年でいくら良い結果を出しても、次の年に大型補強をしたり、中心選手を移籍させたりしてしまう。完成されたチームを自ら壊し、また作り始めるためにだ。ファンとしてはどこか寂しい気もするし、ヨソから来た選手に最初は反感を持つ方もいるかもしれない。きっと選手もそうで、同じメンバーでずっとやっていたいはず。しかし、それでは不思議と勝ち続けることはできないし、チームが劇的に良くなることもない。

スポーツチームほどでないにしろ、ビジネスやコミュニティのチームも同様であると思う。新しい人を無理やりにでもチームの中に入れ、チーム内で競争をさせる。これがなければ衰退の一途を辿ってしまう。特に今の地域コミュニティがガタガタになってしまったのは、メンバーの硬直化によるところが大きいのではないか。また、新しく立ち上がっているコミュニティにおいても、いつも同じメンバーでは発展性はない。人材の流動性と内部競争の活性化。これがチーム運営においては重要な視点だと、サッカー日本代表を見ていて改めて感じた。ビジネスやコミュニティ運営を考える上では、この部分での仕組みづくりが非常に重要な要素だと肝に銘じたい。

ライター 唐澤頼充


新潟市がダメなようだと日本オワコンだと思う

昨今、地方分権や地方の建て直しが各所で叫ばれている。
その成功の鍵を握るのはある程度の規模を持つ地方都市だと思う。
私が住む新潟県新潟市。政令指定都市のひとつではあるが、市民はそれほど都会に住んでいるという意識はない。そのためか、目線は東京へ向かっている。
東京の下請け仕事をすることが新潟市の企業の大きな財源になっているように感じる。
しかし、新潟市は市民が思っているほど規模の小さな都市ではない。



wikipediaによると、新潟市の人口は812,192人で東京特別区を除くと全国15
新潟市と同規模の市町村は静岡県浜松市だ。
新潟市民が一方的にライバル視している仙台は1,045,903人と新潟市より20万人近く多い。比較できる都市規模とは言い難いのがわかる。
一方で危険視している金沢市は462,478人、長野市は381,533と、思った以上に新潟市との差が大きい。
新潟市は日本海側にある点でも、周辺に大きな都市が存在しない点でも少し特殊な都市ではある。日本15位の都市であり、かつ周辺都市からの影響も少ない新潟市は都市としてのあり方をもう一度見つめなおす時期だと思う。
確かに広域合併で人口を増やした都市ではあるが、新潟市レベルで経済的自立や、革新的なイノベーションが起こらなければ日本のオワコン感は高まってしまうように思う。
日本ではこれから40年間で3000万人人口が減ると言われている。多くの街が存続不能になり、地方では地方の大都市に人が集まるようになるのは間違いないと思う。
そんな時に、新潟市が自立した都市となっているのか?非常に疑問が残る。そもそも中央から助成がなきゃやっていけないような都市だったら、もうどうしょうもない気がする。
今、新潟市に明るい展望を抱いている人はどれくらいいるだろうか?私を含め、なんとなく閉塞感を感じている人は少なくないのではないだろうか。
近年、町おこしや地域おこし、農村の集落支援などが活発になっている。今でこそ地方都市が何とか生き残っているからどうにかなっているが、地方都市が沈むようであればその周辺に位置する農村地域は目も当てられない状況になると予想できる。
逆に都市が活性化すると、周辺の農村地域は都市から零れ落ちる恩恵を受けることができると思う。

今、必要なのは農村の末端治療ではなく、地方都市をどうにかするという根本治療なのではないだろうか。
つまり、地方都市の内需拡大と取引先の拡大が重要だ。
繰り返しになるが、新潟市規模の地方都市がこれをできなければ日本の生き残る道は東京一極集中のままとなり、未来は暗いように思う。
新潟市に課せられた使命は重い。
ちなみに新潟県第二の都市、長岡市は人口282,719人。 これは、北海道函館市279,110 人、茨城県水戸市268,818 と同規模。他にも青森県青森市や岩手県盛岡市などもこのカテゴリーに入る。
長岡市レベルの都市が自生し、盛り上がるようであると、日本の未来はかなり面白くなると思う。国際競争力にも期待が持てる。

ライター 唐澤 頼充