私事

2015年を振り返って

ほぼ毎年12月にブログにその年の振り返りを書いていたようだ。ふと読み返すとものすごく恥ずかしい内容で、よくもまぁ世間に自分の話を晒しているものだ、と自分でドン引きしてしまう。ただ、その時の自分の考えに少しでも触れられるのは、なかなか感慨深いものもある。「ブログの読者は未来の自分」とは、いろいろなところで聞く話だが、また来年再来年のために、今年も振り返り記事を書こうと思う。

 

続きを読む

私のルサンチマン

「自分は天才ではないか?」という勘違いと、「自分はクズだ」という自覚。でも「わりと何でもできてしまう」という実感と、けれど「大海からパクってきて井戸で見せびらかしているだけ」という現実。「只者ではない」と思いたい自分と、ちょと目線を上げれば「何者でもない」と実感する瞬間ばかりの日々。

続きを読む

会いに行ける会社員に会いに来て!消費者参加型人事も楽しめる会社員グループ構想

「会社員」と聞くと、ついつい「手の届かない存在」だったり、営業に来たときは除いて「どこにいるかわからない」し、「おっかけでもしなければ会いにいけない存在」だと思ってしまいがちですね。

 

しかし、4月から会社員もやることになった私・唐澤頼充はコンサートやテレビの中だけでなく、「気軽に会える」会社員でありたいと思っています。「そこに行けば絶対に会える会社員」というコンセプトの元、ながおか市民協働センターでの窓口相談も行っています。

 

そして、私以外にも「会いにいける会社員」をどんどんと増やし、会社員グループを作りたい。できれば48人位いて、その中には必ず自分の好みの会社員が居るという、そんなグループ。

 

会いにいける会社員グループができたら、握手会を開催したい。
これまでは会社の商品を買っても会社員とは会えませんでした。しかし、これからは商品を買ってくれた人には会社員との「握手券」をプレゼント!握手会で憧れの会社員と直接握手ができるという試みです!
さらに、商品には握手券以外にも「投票券」もつけたいと思っています。
これは、年に1回程度「総選挙」を開催し、自分の好きな会社員に投票できるというものです。総選挙では投票数に応じて会社員の役職が決定する、まさに「消費者参加型人事」と呼ぶべき新しい仕組みを導入。会社員たちはこの総選挙で地位を争います!社内政治なんて言葉はもう古い!いかに消費者の心をつかめるかが会社員に求められる能力になるのです。

消費者としては、自分の支持する会社員の地位を、自分の力であげられる。そんな新しい形の会社員との関わり方が生まれます。

 

そんなこんなで、会いにいける会社員グループは、完成した会社員を楽しむのではなく、会社員の成長していく姿をリアルタイムに自分も参加しながら楽しむという、新しい会社員との接し方が味わえるという。

地熱のある地方都市・長岡市から全国に向けて新しい会社員の形を発信します!

 

 

 

……なんだこれ?途中で何を書いているのかよくわからなくなりました

 

唐澤、フリーランスやめるってよ

 

既にお知らせさせて頂いている方も多いですが、2015年4月から長岡市にあるNPO法人市民協働ネットワーク長岡で正職員として働くことになりました。

 

2012年6月から3年弱フリーで働いて来ましたが、一旦区切りをつけることとなります。

 

再び組織に所属する理由はいくつかあるのですが、大きな理由は「一人でやるよりも大きなことができるのではないか」と、考えたからです。

以前から言っているのですが、私はフリーランスになりたかった訳ではなく、自分の組織を作りたいと思っていました。また、さまざまな媒体に書くよりも、特定のメディアを育てることの方に興味がありました。フリーになってからずっとそういうところを目指していたのですが、全てが思うようにいく訳ではありませんでした。特に、「組織を作る」という点に対しては、私一人はともかく、人を雇うほどの収益化までにはなかなか届かなかったというのが実際のところです。また、フリーとして活動するのと、大きくなってきたものの収益にはなっていないにいがたレポの運営を両立するのが徐々に難しくなってきていました。

 

そんな中、長岡市で「ながおか市民協働センター」を長岡市と協働して運営する「市民協働ネットワーク長岡」というNPOからお声がけいただきました。ライターとしての活動や、にいがたレポの運営を見てくれ、報誌の編集やウェブサイト運営、ラジオ番組などの情報発信を担当しないか?というお誘いでした。

 

お話をもらってから、自分の中で「ライターとして自分の価値を高める」という選択か、「にいがたレポというメディアを育てる」という選択をするか、判断を迫られました。前者であればフリーで活動したほうがいい。しかし、後者であれば安定的な収入が得られる職に就きながら活動したほうがいいのではないかと。もちろん、フリーとしてやりながら自分のメディアを育てていくこともできないわけではないのですが、1年やってみて収益化できていないメディアとフリーの仕事を両立するのは体力的にもかなりキツイものがありました。

 

いろいろ迷っていたのですが、NPOが「副業OK」ということで、一緒にやらせてもらうことに決めました。なので、フリーライターとしての仕事も規模は縮小しつつも続けていく予定です。

 

もちろん、にいがたレポに関しては、就職することで逆に面白いことができるのではないかと思っています。今まではにいがたレポで企業等とのタイアップ企画を受けても、私の生活費にしなくてはという理由で、大抵自分一人でやっていました。また、お金になりにくい企画は手を付けられませんでした。しかし、今後は私の生活費は考えなくてよくなるので、いろんな人を巻き込んで、お金などにとらわれずに、もっと面白いことができるのではないかと思います。

自分で組織は作れなかったけれど、これからは他の組織に所属することで自分の範囲を広げられると思います。

 

また、NPOで関わるのも、収益になりにくい「市民活動」「市民協働」の現場を盛り上げていこうという仕事です。商業ベースではない市民や社会問題の解決やまちづくりに関する情報発信に腰を据えて取り組めるということで、とても楽しみに思っています。

 

ということで、4月から長岡市で働き始めることになります。前述のとおり、にいがたレポも、ライターとしての仕事も続けていきますが、また新しい環境に入ることで自分の力を伸ばしていきたいと思います。今後共どうぞよろしくお願いいたします。

 

2015年のテーマ。「巻き込む」

2015年が始まって早くも1週間が経とうとしている。時の流れは年々早くなる一方で、気づいたらもう今年で30歳になる。三十路と言えば、昔はずいぶんと大人なんだろうと思っていたが、結局大人になれないままこの歳になってしまった。いや、そもそも「大人」という生き物自体が幻想で、人間はそう変わらずいつまでも自分勝手でわがままで自制心のない子どものような動物なのだろうと思う。

 

さて、新年を迎え色々と自分がしたいことを考えていたわけだが、なかなか思い浮かばなかった。そんな中、無理矢理にでも絞り出して考えてみた。「2014年を振り返る」でも書いたが、2012年6月に会社を辞めて以来、フリーで仕事をしてきていろいろと思うことがあった。一番は、そもそも僕はフリーランスになりたかったのではなく、どちらかと言うと、仲間と一緒に仕事をする「会社」を作りたかったし、いろんなメディアに書くよりはひとつのメディアを育てる仕事がしたかった。だから、今年は一人で頑張るよりも、もっともっと多くの人をどんどんと巻き込んで「協働」していきたいと思う。

 

2015年はいろんな人を「巻き込む」年にしたい。

 

母体となる活動は2013年12月に一人で立ち上げたウェブマガジン「にいがたレポ」。このサイトは地域に住む住民が自ら市民ライターとして新潟の魅力を発信するメディアで、希望者で50名以上の人が立ち上げからの1年でライターになりたいと手を挙げてくれた。2015年は市民ライターの人数も、投稿数も、もっと多くの人を巻き込み増やしていきたい。さらには、他団体も巻き込み情報発信を強化していきたいと思う。

 

にいがたレポをやっていて思うのは、地方や地域で「情報発信しています」という人の多くが「ニュース」「告知」ばかりを発信しているのではないかということ。「情報」と「読み物」は根本的に違う。「ニュース」と「読み物」と言ったほうがいいかもしれない。地方には「読み物としてのコンテンツ」が、とても少ない気がしているのだが、どうだろうか。

 

これは「行動型メディア」と「消費型メディア」とも言い換えられるかも知れない。「行動型メディア」とは、実際に消費者の行動を促す例えばホットペッパーのようなメディア。お店に来てもらったり、イベントに参加してくれたり、商品を買ってくれたりといった消費者の行動につながるのが目的の情報発信だ。チラシや広告、告知記事、クーポン雑誌などがこれにあたる。一方、「消費型メディア」はコンテンツそのものが消費される、言い換えれば暇つぶしの情報を扱うメディアだ。例えば映画はコンテンツそのものが消費されるので、映画館は消費メディアとなる。文芸雑誌もそうだ。LIFE-magのようなインタビュー雑誌もこれに当たる。

 

僕はこの不足していると感じる「読み物としてのコンテンツ」を配信する「消費型メディア」として「にいがたレポ」を、いろんな人を巻き込みながら育てていきたいと思っている。そして、「読み物としてのコンテンツ」を生産できる人材をどんどんと増やしていきたい。ゆくゆくは「新潟県のことなら、あそこに頼めばコンテンツ化してくれる」と思われるような編集プロダクションになればいいなぁと妄想している。

 

で、他人を巻き込むにあたって何が重要かと考えると、ひとつはマメな「コミュニケーション」。これは大変苦手分野。僕は人にお願いしたりやる気にさせたり、連携したりというのがあまり得意でないと自覚しているのだが、それも徐々に克服していきたいと思う。もう1つは、「お金」だ。お金はコミュニケーションをショートカットできるツールなので、これがあるとコミュ症でも人にお願いが簡単にできる。そして活動を継続していくためにもお金は大変重要だ。人に動いてもらう時間を確保する意味でも、お金というのは結構重要だと思う。僕はお金が欲しいほしいと思っているが、理由はもっといろんな人と一緒に活動したいからで、そのためにはやっぱりお金がいる。ちゃんとお金も回せるようになることが「巻き込む」立場としての責任のひとつだと僕は考えている。

ということで、この2つをバランスよく活用し「巻き込む力」を育てていきたいと思う。どうなるかは、わかりませんがね(笑)

 

2015年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

2014年を振り返る

2014年は個人的に苦悩が多く、非常に大変な一年だった。

僕は2012年6月に5年間勤めた会社を辞めた。最初に取り組んだ事業では組んだ人と方針が合わず2ヶ月で僕が手を引き、大金を損するだけで収入のない2ヶ月となった。それからフラフラと個人で仕事を受けて何とか食いつないでいて、いつの間にか「ライター」を名乗るようになった。ライターを名乗るようになった理由は2013年のはじめ頃に仕事内容を見たら、執筆案件の割合が増えていて、それが自分も一番やりがいを感じる業務だと思ったからだ。そこからは、執筆案件を中心に仕事を受けてきた。

そんな僕が、2014年に力を入れて取り組んだのが「にいがたレポ」というウェブサイトの運営だ。僕はライターと名乗り執筆案件を請け負っていたものの、なかなか署名記事も少なく、自分のやりたい企画と依頼される企画の間にギャップもあった。それであれば自分が好きにできる媒体を持ちたいと思うようになった。インターネットやSNSという誰もが情報を発信できるツールが後押ししてくれ、僕は自分のメディアづくりに取り組んだ。

そもそも僕は「フリーランス」というものに、憧れはあったが、自分がそれで食べていこうという気があったわけではない。いろいろな失敗が重なり、就職先も確保できず、やむを得ず一人で仕事をしているだけである。本当はどちらかと言うと、仲間と一緒に仕事をする「会社」を作りたかったし、いろんなメディアに書くよりはひとつのメディアを育てる仕事がしたかった。

だから「にいがたレポ」は僕だけのメディアにはしないことを最初から決めていた。そして、2013年11月頃にようやく「市民ライターが新潟のまちを紹介する」というコンセプトを思いつき、実行に移すこととなった。時はSNS最盛期。多くの人がFacebookやtwitterで情報発信をしていた。きっと彼らに「もっと読まれる場」を提供することができれば、情報を発信したいという人(=市民ライター)が集まってくるに違いないと思っていた。事実2014年12月までの1年間で50人以上もの市民ライターが「やりたい」と手を上げてくれた。にいがたレポのコンセプトの目論見は間違っていなかったと思う。

一方で、僕は早く自分のメディアだけに集中したいと思い、2014年6月までに「にいがたレポ」のマネタイズを図ろうと思っていた。つまり、立ち上げたメディアを半年で収益化し、自分一人は食べていけるだけのお金を稼げればいいなと思っていたのだ。そのため、にいがたレポには広告費等を含め6月までに数十万円のお金を投資をした。それとは別に毎日記事を更新するのに取材費や労働力を確保した。文字通り身銭を切って、身体を張っていた。

結論から言うと、そんな短期間での収益化は無謀だった。そんなのは当たり前で、地方のローカルウェブメディアが即マネタイズできるわけがないのだ。僕は興奮状態になると周りが見えなくなり、根拠なく「いける!」と思ってしまうのだが、それが悪い方向に出た。2012年に会社を辞めて新しい事業を始めた時と似ている。しかし、2年間一人で仕事をしてきたものの何者にもなれていなかった僕は早く結果を出したいと焦りすぎていた。いち早く結果を出したいと思い、そのためメディア運営に集中しようと、それまで固定的に収入となっていた東京の仕事を断ったりしてしまったり、市場調査案件を受けなかったりと、個人の収入源を大幅に削ってしまっていた。

一方で、新規のメディアという意味では、にいがたレポは順調に読者を増やし、市民ライターも増やし、その存在感を増していった(ように思う)。初月は3,000程度だったPVは数万に届き、SNSフォロワーも4,000人を超えた。初めて会う方に「にいがたレポ読んでます!」と言われた時には涙が出そうになったが、そういう人も増えてきて本当にありがたかった。さらに、にいがたレポで地域情報を発信しているおかげで、ライティングの案件が思わぬところから入ってくるようにもなった。

しかし、サイト単体でのマネタイズはなかなか難しかった。というか僕自身、日々のサイト更新、ライターとのやりとり、取材。もちろんそれらはお金を産んでいないので、自分が食べていくために別のライティング案件もたくさんこなさないといけない。結局、営業に行く時間や気力を確保できなかった。僕には営業力というか新規開拓能力があまりなく苦手なのだが、気持ち面でも余裕がなくなって益々営業から遠ざかってしまっていた。それではマネタイズできるわけがない。結局、アドセンスの広告収入と、いくつかの取材記事の依頼といった所で、2014年中にサイトで上げられた売上は50万円にも満たなかった。

そんな訳で、生活に暗雲が立ち込める。なぜか年始に仕事の整理をし減らしてしまった僕は、夏頃から焦り始め、フリーライターとしての仕事を増やし始めた。にいがたレポという媒体を運営しているおかげで声をかけてもらえる仕事も多かった。そんな中で声をかけてもらったビック案件が、アーススターエンタテイメント社が出版している都道府県のあるあるネタを扱う「おきてシリーズ」の新潟版「新潟のおきて」の執筆だ。初めて本を作る仕事は、本当に多くの人に協力いただき完成することができた。貴重な経験だったし、本を出したというのはフリーランス生活の中でも一つ結果が出せたのではないかと思う。まぁ、ビック案件と言っても「本を出す」という行為が僕にとってビックなのであって、制作の労力と協力者への謝金支払いを考えると初版だけでは正直赤字。増刷がかからないとかなり厳しいのだが……これは来年増刷がかかることに期待しよう。

2014年9月頃から、生活のための仕事が増え「にいがたレポ」にかける時間が徐々に減ってきてしまった。にいがたレポをマネタイズしたいと思う一方で、即収入につながらない。そして、生活のかかっている僕一人が収益化を願っていて、他の市民ライターにとってはマネタイズなどどうでもいい話でもある。更新頻度だって「毎日」である必要性があるのか?マネタイズやPVアップ以外に、僕もあまり理由を説明できず「書いてくれ書いてくれ」とお願いするばかり。何だか市民ライターに悪い気がしてしまい、もともとコミュニケーションは得意でない僕は、市民ライターさんとのコミュニケーションがうまく取れなくなってしまった。それは、今も同じで、どうやって協力をお願いしようかとか、どうやって意見を言ってもらおうかとか、すごく迷っている。人付き合いがヘタで、マメでなく気まぐれで、ケアが下手な僕は市民ライターさんに負担ばかりかけて何も返せていないと、現在進行形でどこか気落ちしている。

ともかく、2014年11月には本を出して、そしてフリーライターの仕事も割りと入ってくるようになっていた。同時に、にいがたレポに割ける時間は減ってしまった。「自分のメディアを収益化させる」という点から言うと、完全に失敗した年になった。始めにも書いたが、僕はフリーライターとしていろんなメディアに露出するよりは、一つのメディアを育てることに興味があった。一人でやるよりも組織化して皆で何かをしたいと思っていた。そういう希望は今年、ついに叶えられなかった。皆でやるという実感もなかなか持てず、自分一人で右往左往していたようにも思う。

ただ、個人的に「にいがたレポ」のコンセプトは好きで、とても可能性を感じている。マネタイズは焦りすぎただけで、じっくりと育てていく方法もあるのではないかと思うようになった。そうなると、「にいがたレポ」は個人活動としてやりつつ、別に生活費を稼がなくてはいけない。と言ってもそれは今までとは変わらないわけだが……。それでも個人の中で「にいがたレポ(=自分のメディア)を長く続けて育てていくために、食い扶持を別に確保する必要がある」と気持ちを整理できたのはよかった。

そんなことに気づいたらもう2014年が終わろうとしていた。個人事業主生活も2年半になった。自分の能力や限界が見えたいい期間だった。2015年には僕も30歳になる。禁煙も達成した。たくさんの人と出会った。きっと2015年が僕の人生の新章がスタートする年になると思う。