農業の高付加価値化に関する考察【ビジネス考察シリーズ2】



こんばんは、からさわです。

先日といっても約1か月前になるのですが新潟の野菜ソムリエ山岸さん(@irodorieye)とtwitterで話をしていて、「農業の高付加価値化」、「直売所で美味しい野菜を高値で買ってもらうには」というお題をいただきました。
あれから記事を書き始めたり、考えたりしていたのですが、なかなか難しいお題で苦戦中です。

今回はゼロベース思考を使って考えてみたのですが、驚きの気づきを得ました。

ほんとは順調だった日本の農業

平成22年度の我が国の食料自給率は、カロリーベースで39%、生産額ベースでは69%です。
先進国と比べると、アメリカ124%、フランス111%、ドイツ80%、イギリス65%となっており、我が国の食料自給率(カロリーベース)は先進国の中で最低の水準となっています。
と、農林水産省のホームページに書いてありました。
日本の食料自給率がやばい!と言いたくなりますが、注意してほしいのは他国と比べているのはカロリーベースであるという点です。
そう、生産額ベースで見てみるとずいぶん印象が変わるのです。
70%も自給してたら問題ないのでは?
しかも、農業の国内生産額は、日本はアメリカの1580億ドルに次ぐ793億ドルだそうです。
この金額はなんと世界第2位!
EU諸国はもとより、ロシアやオーストラリアの3倍超だそうですよ。
うひょー日本の農業は問題ないじゃないか!ということに気づきました。

日本の農業の問題は何か?

では、現代の農業の問題は何か?ということを考えると、担い手不足と高齢化です。
世界の食糧危機に対応できない!という話はよく聞きますが、生産額ベースで見れば生産調整をしているのにもかかわらず70%近くあるのであれば、稼働率を100%近くにすれば特に問題はないでしょう。
生産コストが高いので価格が上がってしまうのであれば、これまでほぼ手つかずだった大規模化や産業化を進めることができれば結構コストを圧縮できると思います。

日本農業の再生は簡単

じゃあどうすれば日本の農業がうまくいくのか?と考えてみたところ、農家を大規模組織化すれば終わりという結論になりました。
組織化することで跡継ぎ問題も、技術の継承も解消します。
機械も人もこれまでよりも少なくて済むので人件費もかなり圧縮できると予想できます。
そして重要なのが生産調整です。
作れば作った分だけ売れるというのはもちろん買い手市場の21世紀にはありえません。
工場ももちろん稼働率100%でなんてやっていないと思いますので、農業にもそれが必要になります。
スーパーや農協としっかりと連携を取り、どれくらい作れば一番儲かるのか生産計画をしっかりと立てることで需給コントロールができるはずです。
加えて販路開拓も行なっていきたいところ。
これはもちろん海外に向けてです。
だって70%も自給率あるのだから国内で売上を伸ばそうというのがもうナンセンスですよね。
このへんは組織化すれば交渉力がつきますし、商社や貿易会社ががんばってくれればいいと思います。
生産調整もしているので余ったリソースを商品開発やマーケティングに使うことも可能です。
おお、なにやらバラ色の未来が見える気がするのは私だけでしょうか?
ああ、でも原発事故で海外の評価はガタ落ちか・・・

高付加価値化は必要?

ここでようやくお題の高付加価値化について考えますが、ここまで来ると「え?高付加価値化って必要かな?」という疑問が湧いてきます。
むしろ私が必要なのは、低コスト化のような気がしてきました。
食料は生きていく上で欠かせないものですので、それが高くなるのはよくないと思います。
しかもいまは交渉がどうなっているのかよくわからないTPPによって、安い農産物が入ってくる可能性があるのでそれに対抗しなければいけません。
(TPPについては私は大反対です。)
となると現在の自給率や生産額を守るためにも海外産と堂々と戦える価格帯を維持しなくてはなりません。
しかも安くて品質が高ければ輸出にも有利なわけです。

もし、高付加価値化するのであれば農産物そのものではなく、サービスや農業体験・教育産業などで農家が新しい商品やサービスを開発・提供していくことでしかないでしょう。
ただしこれも前述の組織化によってリソースが余るので取り組む余地は十分にあるような気がします。

ということで、
農産物は高付加価値化するよりも低コスト化しよう。
農家は多角的な事業をしよう。
ということを結論としたいと思います。

日本農業のこれから1

実は今年はじめのブログで、私は「農業は機械化し農業工場をすべきだ!!」と書きました。
その時は自給率がやばい!と思っていたのでそのような意見になったのですが、今回のエントリーを書くにあたっていろいろ調べて考えがすこし変わりました。
だって自給率が大丈夫なのであれば増産など考えず、生産コスト削減だけ考えれば良いからです。
そのためには効率化を重視していけば良いので、機械化は進める必要があります。
プラスアルファで有機栽培やらなにやらをちょこちょこやって、ベースとなる大規模生産した農産物と、手間をかけた高級農産物と商品ラインナップを変えて展開していけば強い農業を実現できるように感じます。
なので、日本の農業は、「いかに組織経営と効率経営を身につけるのか」といったローコストオペレーションが最大のテーマになると思います。

それに向けての生涯は利権、既得権益でしょう。
JAや農地法、兼業農家などいろいろ難しいドロドロした問題が山積みです。
ただし、あるべき論を考えるゼロベース思考で現場や現状を無視して私が考えたところ、こんな考察になりましたので、障害となる既得権益をもった方々はさっさと退場するべきだと思います。
解決方法は誰か考えてください。

日本農業のこれから2

もし、大規模農家が生産活動を行うようになれば結構面白い未来が待っているのではとワクワクしてきました。
そうなるといろいろな手が打てそうです。
1.給料の一部を生産物を現物支給し人件費を削減
2.会社の取引の一部も生産物との物々交換とし経費を削減
3.農産物直売所は法人のプレゼンテーションの場として活用
4.直売所を窓口に複数サービスの提案。(イベント、ツアー、体験、学習、料理など)
5.直売所には超低価格商品から超高級商品まで充実のラインナップ
6.食品メーカーとのコラボレーション
7.食品メーカーとの契約栽培
8.農村ライフスタイルのプロデュース
などなど
何か打手がいろいろと浮かんできます。

ということで、農業については個別農家が多い現状で打手を考えると行き詰まりますが、構造を変えれば結構前向きになれるような気がしました。

ただ文章ではうまく表現しきれなかったので、このエントリーを読んで「よくわからん!」「異議あり!」という方は直接おはなししましょう。

からさわ

新家庭論~新しい家族~

こんばんは、からさわです。
先日、土屋裕行(@tutinoko310)さんの主催する朝活に参加した際に、恋愛や結婚の話になり非常に盛り上がりました。
その中で、私があまり一般的ではない価値観を伝え、いろいろな反論をもらいました。
じつはほぼジャストアイデアでしゃべってたので、あまり考えを整理していなかったので、ちょっとブログでまとめてみようと思います。

「結婚」というシステムは破綻している

2010年の男性の生涯未婚率は18.9%、女性が9.7%でした。
男性は5人に1人が、女性の10人に1人が一生結婚できないそうです。
さらに過去30年間の離婚率は23%であり、結婚しても4人に1人が離婚しています。
この数字をみなさんは多いと思いますか?少ないと思いますか?

日本の完全失業率は平成24年1月には4.6%でした。これでやばいやばいと大騒ぎです。
新卒市場もうまくいっていないため、就活の仕組みがおかしいといった意見はさまざまなところから聞かれます。
普通に生きていても働く機会が得られないのは間違っているということです。

では、男性の5人に1人が一生に一度も結婚できないというのは男性の気持ちの問題なのでしょうか?
ちなみに30代後半の未婚率は、2010年でなんと46.5%!!
本当に結婚が必要で、人生でなすべき行為の一つだというのであれば、私は現在の結婚というシステム自体が破綻しているのではないかと思うわけです。

「結婚」の意義は?

そもそも結婚がどのように始まったのかはよくわかりませんが、かつては子供を作るためのものだったと思います。
子供は跡継ぎであり、お家を守るためには不可欠な存在でした。
しかし、核家族化、個人主義が進む中で、子供がいようがいまいが老後の生活は自分で面倒を見なくては心配だというのが今の時代だと思います。
そうなると現在の夫婦は生活を支え合う最小単位となっていると言えるかもしれません。
一方で、家電製品やコンビニ等の発達で、一人でも十分に生活できる便利な世の中になったことで結婚しないでも別にいいよという人が増えたようにも思います。
また逆に、収入の減少によってひとりの稼ぎで二人が食べていくのは難しくしたくても結婚できないという人も出てきました。
結婚して当たり前という世間体という壁が取り払われたことも後押しして、結婚しなくてもそれは個人の自由という風潮が顕著になっています。
家の存続でも、生活基盤としてでも、結婚という契約に意義があるようには私は思えません。

結婚は幸のためか?

結婚は特定の男女が生活を共にすることで、幸せを育むものだと思いますが、それは果たして幸せなのでしょうか?
東京外大の千田有紀先生が、04年に東京・大阪の男女1000人を調査した結果、夫婦間の浮気率は、28.3%だったそうです。
夫婦間に不満があるから浮気するのであり、少なくとも30%近くの人が結婚に不満があるというわけです。
すべての人がアンケートに正直に回答するわけではないとすると、この数値はもっと上がりそうな予感がします。
離婚率も上昇していますしね。
さらに言えば、恋愛自由社会ですので、一生を見れば複数人の異性と付き合った経験のある人の方が多いわけです。
そのような中で、結婚したから後は死ぬまでその人だけというのが幸せなのでしょうか。

また、子供は親の愛がなければ育たないといった意見も聞かれますが、孤児院出身で立派な人がいないとは思いません。
一人で5人も6人も子供を生む時代には親の一人あたりの子供に費やす時間は必然的に下がるわけで、その中でも立派な人が育っていったのではないでしょうか?
特定の男女が一生にわたって生活を共にすることだけが幸せではないですし、子供と親が一緒に過ごすことだけが幸せではないように思います。

生きる上で必要なこと

人間が生きていくために必要なことは、単純に困ったときに助けてくれる人がいることだと思います。
過去にはそれが一族であり、大家族であり、夫婦でした。
結婚とはその一族や家族を維持するのに効率の良い制度であったのだと思いますが、前述のとおり現在は機能しているようには思いません。
逆に、結婚という契約を交わすことでなにやら生き方が不自由になってしまうように思います。
そもそも夫婦生活を送れるだけの収入がなかったり、核家族化・少子化で助けてくれる人がごくわずかという現象が起こっています。
だったら家族という血縁もしくは結婚という契約を超えて助け合えるような、夫婦よりも規模が大きいコミュニティを作ることができれば問題は解決するだろうというのが私の考えです。

新しい家族のかたち

信頼できるコミュニティが、これまで機能していた時代の家族というセーフティーネットの役割を果たすようになると考えます。
ライフステージに合わせて所属するコミュニティを流動的に変えていく。
子供は作りたい人同士が作り、子育ては子育てが必要な人同士や子育てしたい人が集まってコミュニティを形成し行う。
今の夫婦2人と子供1人の生活よりも、数人の大人と数人の子供とが一緒に生活していたほうが子供は楽しいように思いません?
過去に家におじいちゃんおばあちゃんがいて、たくさんの兄弟がいて、さらに居候がいて・・・なんて「3丁目の夕日」のような世界だってあったわけなので、血がつながっていないコミュニティだって信頼関係さえあれば問題なく子供がすくすく育つように思います。

また、恋愛は生涯恋愛OKで、子供を生んでからもお付き合いする人をどんどん変えてもいい。
住む所だって、家族だけでなく他人と複数で一緒に住んだっていいわけです。
このように流動的にコミュニティに参加しながら生きていくというのは面白そうだし、ストレスも低下するように感じます。

コミュニティのなかで生きる

そんな良いコミュニティが都合よく作れるのかと思いますが、一生そのコミュニティに属す必要もないので、利害が一致している期間だけ特定のコミュニティに所属すればいいと考えれば負担は軽減されます。
コミュニティ自体もネット社会で可視化されているので探しやすいと思いますし、個人の評価がオープンな世の中ですので悪いことや騙す人の悪評はすぐ広まり、悪い人というのはコミュニティからどんどん排除されてしまいます。
そうなると人間はみないい人であることが生きていく大前提になり、いい人というのは基本でプラスアルファの「この人は気が合うかどうか」だけに注目していけば勝手にコミュニティが形成されていきます。
かつてのムラ社会や宗教コミュニティと違うのはソーシャルネットワークの発達でどのコミュニティもオープンであるということです。
情報を隠すようなところは後ろめたいことがあるのだろうと判断されるようになります。
オープンな社会では誰もが公明正大にならざるを得ません。
そのような状況では「いい人」という評判こそがその人の資産となります。
皆が評価という資産を貯めるために各コミュニティへ貢献するようになるのです。
助けてもらってばかりいる人には、コミュニティに属しても何もしないやな奴のレッテルがネットワーク上で拡散され、今後の人生に影響します。
逆に普段からいい人という評価を得ている人は、デマや、たまの失敗に対しては、コミュニティが自分を守り、訂正や援助をしてくれます。
このような中では、血縁者だけが無償の愛を提供できるといった考えは時代遅れになってしまいます。
誰に対してもいいことをすれば自分の資産が増えるのだから、すべての愛が有償にになるのです!
そうなれば何も結婚や血縁者との関係にこだわらなくても互いに助け合い、支え合える関係が皆で築けると考えます。
その中で、自分がその時その時に一番必要として所属するコミュニティこそが家族になるのではないかというのが私の考えです。

ちなみに、コミュニティのなかで生きられないという人は、金を稼いでください。お金があればサービスを買って生きていけます。
ただ、お金がない人でもいい人であればそれなりに楽しく生きていけるような世の中になって欲しいです。その解決策がコミュニティのなかで生きるということなんじゃないかなと考えています。

ということで、結婚という特定の人と契約してからずっと生きていくという生き方よりも、不特定多数の信頼できる他人とコミュニティを形成して助け合って生きていく方がいいんじゃないの?というのが私の結論でした。

みなさんは現行の結婚というシステムについてどのようにお考えですか?

からさわ

常時ネット接続社会がもたらす社会的影響

こんばんは、からさわです。

スマートフォンやwi-fi環境が普及してきたことで我々はほとんど人が常時ネットに接続することができるようになりました。
もはやネット環境は社会的なインフラとなりつつあります。
いつでもどこでもネットワークにつながることができる社会とは一体どのような社会になるのでしょうか?

新たな社会的インフラが確立するということ

これまでの世の中でも、技術革新により新しい社会的インフラが確立することは数多くありました。
鉄道、電気、ガス、水道、道路網・・・あらゆるインフラが整うたびに私たちの生活は大きく変わります。
その本質は、平等性の向上のように思います。
私たちは、個々人により様々な能力や自信を取り巻く環境に格差があります。
足が早い人、体力がある人、都会に住んでいる人、金持ちに生まれた人、力持ちの人・・・・etc
この生まれ持った格差を平等にするのが社会的インフラです。
どんなデブでも自動車を手に入れたことで、誰とでも同じように速く走れるようになりました。
工場機械ができたことで力のない人でも生産物を作れるようになりました。
このように、社会的インフラが確立することで社会は新しい公平性が生まれることになるのです。

インターネットがもたらす公平性

インターネットはネットワークというバーチャル空間を作り出し、その普及により、ほぼ無限の情報が蓄積することが可能で、さらに誰もがアクセスできる状態になりました。
これまではごく限られた知識人や物知りといった人々に集中し、格差が大きかった情報という資源が、誰もがググれば簡単に手に入れることができるのです。
つまりインターネットによって私たちはこれまで格差のあった情報量というものが平等になったと言えるのではないでしょうか?
まだ世の中では情報弱者と言われる人たちが存在するのは事実ですが、これもいずれ解消されていくと思います。
そうなると、「○○を知っていること。」というのが優位性を発揮しなくなってきます。
「いちいち人に聞くな!まずググれ!」といった言葉は各所で聞かれるようになってきました。
もちろんその情報を理解でき、活用できるかどうかと言えば個人差はありますが、各人がアクセスできる情報の量というのは格差がなくなったと考えます。

人脈ネットワークの可視化・拡張性

インターネットによってもたらされる恩恵は、情報への平等なアクセス権だけでなく、ネットワーク上に存在する人々とのつながりが可視化され、拡大されるという点もあります。
Facebookやtwitterでつながった人々は、ちょっとした悩み相談先や、気楽な話し相手、新たな情報収集源として機能します。
また、○○と知り合いという個人の信頼性を保証する人脈が可視化されます。
こんな人に会いたいと言う際のその人までのアクセス経路も分かり、会いたい人に会いやすい社会になったと考えられます。
さらにネット上で個人の状況を伝えられるため、これまで実際にあって話さなければいけなかった友人等への近況報告の時間も大幅に節約できます。
1分で何十、何百人へ近況が発信できるという状況は革新的な出来事だと考えられます。

新たな価値提供の形

このような情報過多、人脈へのアクセスの自由化により、これまで「情報を知っている」ことが価値であった時代は終わりつつあります。
加えて「誰々を知っている」ことが価値であった時代も徐々に終焉を迎えるのではないでしょうか。
このような世の中では、誰でもアクセスできる情報を集め、それに価値を加え再流通させることで有益な情報を作りだすことが価値を持ちつつあります。
近年キュレーションと呼ばれています。またキュレーションをおこなう人をキュレーターと呼びます。
彼らは加工した情報を発信することで共感者や賛同者を集め、可視化された人脈ネットワークの中で評価価値を高めて行くのです。
また、情報へのアクセス権が平等になる中で、情報は知っているけれど具体的にどうするか、どう決断するか、行動力により差が生まれます。
実際に行動を起こせる人、問題について解決策が提示できることが価値を高めるのだと考えられます。

常時ネット接続社会の懸念

そのような社会環境の変化の中で、ごく一部の人間が新しい価値を提供してくれていれば、世の中の大半の方は、その恩恵をうけるだけで上手に生きていけるように思います。
キュレーターが集め、加工してわかりやすくしてくれた情報を見て、
実践者や開拓者がした体験によって解決策が確立されたことをその通りに実行していけばそれなりにうまく生きていけるのではなかと考えてしまいます。
そうなった際に、苦労をしたり、迷ったりする経験というのはこれまで以上に軽減される気がします。
自分で思考しなくても、誰かの意見や体験を使えば楽に生きられる社会になるかもしれません。
そうなるのかどうかもわかりませんが、そのような社会になった場合に、それがいいことなのか悪いことなのかよくわかりません。
自動車が登場したことで我々は歩かなくなり、運動能力が低下したと言われていました。
それが悪かったことなのかはよくわかりません。
本が一般に普及したことで、我々は覚えなくなり、記憶力が低下したと言われていました。
それが悪かったことなのかはよくわかりません。
そして今、私たちは常時ネット接続社会に突入しようとしています。
すぐ答えを検索、誰かの意見に乗る、そんな変化により私たちのどのような能力が低下するのでしょうか?
思考力?忍耐力?

みなさんは、常時ネット接続社会によって社会や私たちにどのような変化が訪れると思いますか?

からさわ

新潟×朝活に参加してきました

こんにちはからさわです。

本日は前々から気になっていました「新潟×朝活」に参加してきました。(新潟×朝活のブログ
年齢も所属もバラバラの8名が、朝のスタバでテーマなしに喋ってきました。

いろいろなバックボーンの人が居て、貴重な話を色々と聞くことができ、大変有意義でした。

参加者は、mixiやtwitter、もしくは雑誌でこの会を知って集まった人たちなのですが、これまでなんのつながりもなかった人が集まるというのはすごいことだと思います。
これまではクチコミや地域の掲示板、置きチラシでしか告知手段がなかったものが、ソーシャルメディアの力で無数の方に告知できる時代が来たということで、あらためて個人メディアの威力を実感した日でもありました。

話の中で、こういった形式の朝活はもちろん、ボーリングや趣味などで集まる会も多いと聞きました。
これまでもネットでつながった人同士がオフ会を開くなどは行われてきたのですが、Facebookのような個人個人の情報が公開されている中で人を集めるケースは信頼関係はもちろん、そこで出会った人たちのコラボレーションによる社会への影響は計り知れないものがあると思います。
今後は、ただ会うだけではなく、社会的問題を解決するために面白がって有力な人が集まるコミュニティが増えることになればいいなとおもいました。

からさわ

本屋の衰退とこれから 【ビジネス考察シリーズ①】


こんばんは。からさわです。

街の本屋さんがものすごい勢いで減っています。新宿のジュンク堂が閉店をするなど寂しい話をよく聞くようになってきました。

ネットの衝撃

要因は皆さまご存知の通り、アマゾンが登場したからです。
本屋はネット時代の影響を一番受けた業界といえます。
商品棚と時間という物理的制約を超越することができることがネットの最大のメリットです。
本という中身がどれを選んでも変わらない、かつそれなりに価格の低い書籍は、商品数と営業時間が無限となり、かつ他の人の読んだ感想が見られることなど、書籍の販売はネットとの親和性が非常に高かったため、ネットの影響は計り知れません。
ジュンク堂ほどの規模の大きな本屋さんも、賃料や、人件費、在庫などのコストを考えるとアマゾンに勝てないのです。

それ以外の驚異

本屋の経営を苦しくさせているのはネットだけではありません。
そう、図書館勢力です。
昔は、図書館は専門書や学術書の蔵書が多かったと聞いていますが、今やベストセラー本や雑誌、漫画まで取り扱うようになっています。それが全て無料です。
しかも、好きな本を取り寄せまでできます。さらに、建物もキレイ、空調もいい、ネットも使える。無料です。
これは本屋さんからしたら「税金で何やっているんだ!」と言いたくなるような状況ですよね。
また、最近はコンビニでも雑誌に限らず書籍が増えてきたなど、書籍を購入することができる場所が増えてきたように感じます。
このような要因で、本屋さんは衰退の一途をたどっているわけです。

これから本屋が注目するべき競争ポイント

さて、本屋がもうダメだー!という話ではなく、本屋が生き残るためにどんなことをすればいいのでしょうか?
一言で言えば「ネットにできないこと」で付加価値を付けることです。
ネットにできないキーワードとして今のところ私が考えつくのは
 ①会話、対話
  文字や声でない直接顔を合わせてコミュニケーションができる点。
 ②興味がない分野での発見
  ネットは自分で検索をかける分、バイアスがかかりますが、予期せぬものに出会える確率はリアルの方が高い点。
 ③五感(視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚)
  視覚、聴覚のみのネットと比較して、感覚器官が多い点。
 ④居場所、コミュニティ機能
  リアルに時間を過ごすことができる点。
 ⑤コンシェルジュ・コンサルティング・メンター的な機能
  その人の生活や未来をより豊かにするために人間としてサポートできる点。
といったものでしょうか。
これらを見ると、「別に本屋じゃなくてもいいじゃないの?」と感じるのではないでしょうか?
そうです、本屋が生き残っていくためには本屋のままではいけないと思うのです。

成功している本屋に学ぶ

競争ポイントを見ると、ジュンク堂をはじめとした大型書店がこれらを生かしているのかというとそうでもなという印象です。
勢いがあるのでは?と思う本屋で特徴的なのは遊べる本屋で有名な「ヴィレッジバンガード」。
本屋の方々は彼らを本屋とは認めないかもしれませんが、雑貨やCDなどを多数取り揃え、本屋の枠から飛び出し、ライフスタイルを提案するような業態をとっています。
ヴィレッジバンガードに訪れる顧客は本を探しにいっているのでしょうか?
何かが見つかるかも、何か面白いから、POPを見るだけで楽しいといった理由が多いように思います。

本屋のこれから

ヴィレッジバンガード以外にも成功している本屋はあると思いますが、ポイントは来店する理由を「本を買いに来る」というもの意外を作り出せるかどうかがキーになってきそうです。
 ・セミナーを開く
 ・食事を提供する
 ・読書会を開く
 ・地域の人とボランティア活動を企画する
 ・アマチュア作家の作品を売る
 ・本選びサポートカウンターを設ける
など、そういった取り組みはいろいろと考えられるのではないでしょうか?
本はどこで誰が買っても内容が変わることがない商品の典型です。
本屋は商品力が武器になることは極めて難しいのですから、必然的に店舗ごとに工夫が必要になってきます。
逆に言えば、上手くいっている本屋さんはそれだけで他のビジネスの参考になる部分も多いと思いますので、注目してみることをおすすめします。

みなさんが今の時代に流行る本屋をつくるとしたらどのような企画を考えますか?

からさわ

神田昌典氏の「2022~これからの10年、活躍できる人の条件」発行記念講演会に参加しました

こんばんは、からさわです。

本日、日本一のマーケターである神田昌典さんのセミナーに参加してきました。
というブログをさっき書いたんですけれど、これは「2022~これから10年活躍できる人の条件」発行記念講演会の方のまとめです。

こちらは19時開始の講演会で、キャパシティも多く100名くらい?参加してたので、内容を聞いている方も多いかもしれません。
ただ、自分が忘れないうちに記録に残すとともに、シェアしたいと思います。

内容はお金に関する話を軸に、これから訪れる時代についての予測をお話いただきました。

<講義内容解釈>

■お金を使わないで生きる人が増える

今回は出版記念と言うことで、「2022~これから10年活躍できる人の条件」に書いてある話を元に講演がすすみました。
書籍に出てくる70年周期説で考えると、これから世の中はさらに混乱し、再生に向かいます。
このような混乱期で、お金を使わないで生きる人が出てきました。
ドイツのシュバツマーさん(女性)、イギリスのマーク・ボイルさんです。
この二人に共通するのは、「お金を使わない方が豊かな暮らしができるようになった。」という点です。
もちろん、お金がまったくなくなることはないでしょうが、シェアなどの概念が広がっていく中では
たして子供達はお金を稼ぎお金を使って生きていくモデルと、お金を極力使わないでも生きていけるモデルのどちらに憧れるでしょうか?

■お金はなぜ必要か?なぜ必要なくなるか?

そもそもお金の誕生は、物々交換が面倒くさいから貝殻などに共通価値を持たせたもので仲介するようになったのがきっかけです。
自分が欲しいものを持っている人が、自分の持っているものを必要なときにだけ成立する物々交換は、交換相手を探す手間が結構かかるのは想像できると思います。
しかし、インターネットが普及した現在、相手を探す手間というのが限りなく軽減されています。
お金を介して物のやりとりをするのは迂回になるので効率が悪くなるのでは?という疑問が生まれたわけです。
しかも消費税10%に増税されるような状況になると、お金を仲介すると税金を取られて損!という考えが生まれる可能性もあります。
米国ではCOLLABRATIVE CONSOMPTION HUBというウェブサイトで物々交換が盛んに行われているそうです。

■お金のない世界を想像しよう

そもそも現在は時代の変革期にあります。
それは江戸時代の武士が、明治時代を迎えれる状況のようなものです。
果たして江戸時代の武士は、明治の文明開化後のことを想像できていたでしょうか?
それとも、これまでの枠の中で、武芸を磨いたり、もっとよく奉公しようと考えていたでしょうか?
おそらく後者でしょう。
しかし、われわれは歴史から学ぶことができます。
もちろん正確な未来は予測できませんが、現在の価値観に縛られて考えるのは思考が広がりません。
お金のない世界を想像したほうがよほど発送が広がるのです。

■新しい価値観を生み出すチャンスにいる

市場が変化している現在だからこそ。そのギャップを埋めるために様々なサービスや産業が生まれる可能性があります。
そこで大切なのは市場の課題を解決すること、世界を変えていくんだという視点です。
その視点が新しい価値観を生みます。
企業に就職するのが是だったものが、価値観が逆転をする可能性もあります。
その中で、社会の問題をどのように解決していくのかが大きなテーマとなります。
地域通貨やNPO、など地域に根ざしたものが重要になってくるのではないでしょうか。

<感想>
最後に質問を受け付けてもらえまして、その回答が個人的によかったと思うので紹介いたします。
からさわ「今の社会はビジネススキル=お金を稼ぐ能力が生きていく上での必須能力でした。江戸時代は武術などだったのではないかと思います。世の中が変化していく中で我々若者が身に付けていくべき能力、必要とされる能力はどのようなものだとお考えでしょうか?」
神田昌典先生「ズバリ、ビジョンを描く力、覚悟を決める意識です!それ以外ない!以上!」
神田昌典先生「これからの時代はスキルがあるだけの人には誰もついてこない。全脳思考ができます、マインドマップができます、フォトリーディングができますじゃ人は動かない。それよりも世の中を変えるビジョンを明確に提示できるかどうかの能力が重要です。」
神田昌典先生「まあビジョンを掲げるのは私たち40代です。そして30代がそれを広げてくれるようになればいい。20代の君は、ビジョンを描ける人を見分けることが大事!見分けて、お願いしてでもついていく!そして経験を積んでください。」

これは我々20代のビジネスパーソンはもちろん、
就活中の学生や、もっと若い人たちにも教えたいですね。
よいビジョンを持っている人を見分ける。ビジョンを描ける人に付いていく。手伝う。
企業規模や事業内容じゃないんだよな・・・と心に響きました。

みなさんはこれからの世の中はどのような価値観が主流になると幸せですか?

からさわ

神田昌典氏「世界を変えるマーケティング講座」に参加しました

こんばんは、からさわです。

本日、日本一のマーケターである神田昌典さんのセミナーに参加してきました。
タイトルは「世界を変えるマーケティング」です。

忘れないうちに要点をまとめると共に、みなさんに学びをシェアできればと思います。

<講義内容解釈>

■時代の転換期の真っただ中にいる

前提として時代が大きく変わろうとしている転換期が現在であります。
その中で、人々の価値観が変わると共に社会構造も大きく変化します。
当然、企業のあり方、マーケティングの概念ですら大きく変わっていきます。

その中で、これまでの「売上を上げるうまい方法はないか?」と考えている企業は生き残るのは難しです。
現在は混乱期であるため、前時代的(現在の一般的)な取り組みをしている企業も儲かっているところはありますが、だからといってそれが正解というわけではありません。
時代の流れを見ると、売上向上にフォーカスしている企業はいずれ時代の波にとり残されてしまうのではないでしょうか。

■マーケティングの変異

そもそもマーケティングも大きく変化しています。
フィリップ・コトラーがマーケティング3.0を発表しましたが、まさに人間中心のマーケティングがキーになってくるでしょう。
マーケティング1.0は製品中心、
マーケティング2・0はお客様中心
しかし、マーケティング3.0では顧客満足度を追求するマーケティングはもう古いのです。

■新時代のマーケティングとは

これから生き残る企業になるためには、顧客満足度を追求するのでは足りません。
では何をするのか?それは「仕事を通じてより良い世界を築くこと」です。
つまり、社会の問題に対して、私は○○という問題を××によって解決しますと明示すること。そしてその考えに共感してもらうためにどのような活動をするのかがマーケティング活動となるのです。
これこそが世界を変えるマーケティングです。
なんと、今日のセミナーは世界を変えるマーケティング方法を学べるセミナーではなく
ズバリ、「世界を変えることがマーケティングなのだ!」と宣言だったのです!

■マーケティングピラミッドをつくる

これまでのマーケティングは4Pや3Cといったフレームワークで考えることが多かったのですが、これからは社会の問題を解決する!そのためには~というロジックを組んでいかなければなりません。
それを考えるための枠組みが神田先生を筆頭としたチームが現在開発中のマーケティングピラミッドです。
マーケティングピラミッドは3層からなり、下から「ビジネスモデル層」「メッセージ層」「コミュニティ層」とあり、それぞれ8項目づつの問いがあります。それを埋めていくと自然と世の中の問題を解決するマーケティング戦略が出来上がるというものです。
そのうち本が出るそうですので、興味がある人はそちらで勉強してください。
実際にワークでやったのですが、非常にうまく構成されていて感心しました。
そのフレームワークを知らなくても、市場にどんな変化が起きていて、それに対して何をどのようにして解決していくかがまとまればいいわけですが、かなり有効なツールになるという感触でした。

<感想>
このような内容で、1時間半くらい神田先生の講義があり、残り2時間半をかけてワークをしたと思います。
記載した以外にも事例を含めて非常に多くの情報が詰まっているセミナーで約4万円出した価値はあったな。
今後のマーケティングの方向性についてはこれしかないだろと思っていた部分もあり、でも企業組織でそれに対応できるの?といった疑問もありました。
ビジネスやマーケティングだけでなくこれからの時代考察についても非常に深まりましたので、いろいろな人と情報をシェアしながら私も世界を変えるような貢献をしていきたいです。

みなさんは今後のマーケティングのあり方についてどうお考えですか?

からさわ

勝ち組はどっち?お金の価値の将来

こんばんは。からさわです。

もはや世界経済の状況が手をつけられないような、どうしようもない状況になっている中で、
ふと、昔見たジョークを思い出しました。

みなさんは以下のアメリカンジョークをご存知ですか?

<ここから>

メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。
その魚はなんとも生きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」と尋ねた。
すると漁師は「そんなに長い時間じゃないよ」と答えた。
旅行者が「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」と旅行者が聞くと、
漁師は、「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」
すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。 そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。 そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」
漁師は尋ねた。 「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」 と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て、日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」

<ここまで>

結構有名なジョークなのでご存知の方も多いのではないでしょうか?

さて、このジョークを読んでどう思いましたか?

一見、お金持ちになっても結局変わらないじゃん!!というツッコミをしたくなりませんでしたか?
そういう見方が主流ですが、実は最後は同じ生活をしても、
ビジネスを広げた場合の漁師にはお金と言う後ろ盾ができたのです。
つまり生活の安定性や保証という意味ではアメリカ人のアドバイス通りにした方が幸せだったかもしれませんね。

このジョークを初めて見た頃は、なるほど解釈の仕方で2度面白いな~と思っていました。

しかし、311や世界不況を経験してからこのジョークを見ると、ん?っと思うのです。

確かに、ビジネスをした後の漁師は莫大なお金と言う後ろ盾がでるのですが、
漁師が田舎暮らしで、気ままに日常生活を送った場合は、何の後ろ盾もできなかったのでしょうか?

いえいえ、きっと田舎暮らしを続けた漁師は、
村の仲間たちと固い信頼関係を築いたのではないでしょうか?
困った時は助け合うコミュニティがあれば、巨万の富と比べれば微力ながらもそれなりのセーフティネットとなるでしょう。

さて、これまではお金を稼ぐことはそれなりに効率が良かったとは思いますが、
世界経済がこれだけガタガタで、資本主義の限界が見えている中で、
お金の価値はどうなっていくのでしょうか?

コミュニティを築き、無償で助け合うようなネットワークを作るのと
お金で安心を買うのはどちらが効率がいいと思いますか?

時代の転換点に居る私たちですが、
皆さんは、これから将来に向けて漁師にどのようなアドバイスをしたらいいと思いますか?

からさわ